今日は修理してもらった腕時計を受け取りに行った。腕時計はきれいになって帰ってきた。自分の大切にしているものが大切に扱われているとうれしいと思った。
春という季節は苦手だ。人との別れの季節であり妙に胸が締め付けられるのに、桜の花や野の花は驚くほどきれいで視界から外すことが難しい。まるで別々の質のものどうしなのに、それぞれが強い力を持ったまま視界に入り、そのコントラストの高さに打ちのめされ訳が分からなくなる。今までで一番印象的だった別れは、好きだった人との別れだ。
そもそも、誰かを好きになることが自分の人生にあると思っていなかった。人間全般をとても恐れていたし、いつも怯えて過ごしていたので誰かと親密になったりましてや付き合うなど考えられなかった。人付き合いの時間とは、角が立たないようにその場をやり過ごし異質な人間だとばれないようにする時間だと思っていた。しかしそんな日々にやつが現れる。その人は初めから、私に何かを求めたりしなかった。何かについて思ったことや、おもしろいと思ったらしいことを延々話したりしていた。騒がしいやつだと思った。散歩中のご機嫌な犬のようだ。それで、自分ですっかり満足しているみたいに見えたので興味が出た。私は自分で満足できる人間に出会ったことがあまりなかった。出会ってから3年が経つ頃にはすっかり仲良くなっていた。その人はこれまで私が会った人間の中で唯一侵襲的でない人間であり、初めて安全と判定された人間だった。私は初めてやること全般が下手くそで優柔不断であり、しかも家にテレビがなく流行りのものを知らない世間知らずだったので、多くの人間は手を引きたがった。人の指図するように動くのは基本的に知らぬ正解があるので面倒だが、ものを知らないのは事実なので従わざるを得ない、だから人付き合いが嫌いだった。図書館の本の内容は世間ではないのだ。
これが恋愛なのかはわからなかったが、私はその人に関心を持っていたし、犬や猫に触る程度の想像力で、触ったらどんな感じなんだろうとぼんやり思っていた。一緒にいると楽しかった。その人に会えることが嬉しかった。あちらがどう思っていたのかは知らないが、これが好きなのではないかと仮定して付き合いが始まった。しかしこれが大変だった。自分に満足しているその人との関係は、初めてできた安全な人間関係だったが、付き合うとなると何か二人でいる理由がいるらしいのだ。それで、色々なところに出かけたり、何かを一緒に作ったりした。その人は特に、私が初めてすることにこだわった。なぜかはわからない。これは、かなり大変だった。その人のそばは安全だが、初めてすることは大抵、好奇心が刺激され楽しいと同時にとても不安だ。このコントラストにより私はかなり疲れた。ここらへんで、私とその人の間の気持ちの差異が明確になり、私は違う気持ちであるということに憤りを覚えた。私は疲れているのにその人は楽しそうだ。人と人が違う気持ちであるのは自明である。それにも関わらずなぜ苛立つのか?これに自分で説明がつかず混乱した。これが崩壊1である。自分の感情やふるまいに整合性がとれないこと。
それから、その人の存在は私の趣味にも影響を及ぼした。私の趣味は写真だったが、趣味とは言ってもわざわざ写真を撮りに行ったことはなく、散歩途中のスナップだ。写真は散歩とセットなので、写真を撮りに行く、というのは今でも気持ちが追い付かない。それで、大学の写真部も早々にフェードアウトした。写真は自分でいいと思ったものを忘れないようにと思って撮っていたのだが、その人と付き合ってから写真が撮れなくなった。正確には、以前のような気持ちで写真を撮ることができなくなった。なぜか。それは、どうしても写真に撮ることのできない大切なものが存在すること、今まで私が好きだと思った道端の植物や風景よりそいつの存在が大きくなってしまったこと、が原因だったように思っている。散歩をしていても、以前のような喜びがない。私は毎日決まった散歩コースを歩きその範囲でのみ写真を撮っていた。それまでは、その1 km範囲での日々の微妙な変化で十分満足していた。だから、当然だったのかもしれない。私は、自分を支えてきたささやかな好きなものたちが急に見えなくなり、混乱した。それで、もうその人に依存するしかなくなってしまった。安全はもはやその人のところにしかないことになってしまった。これが崩壊2である。自分の認識可能範囲の急激な拡大または変遷。
おかげで自分をすっかり喪失した私だったが、それとは別によかったこともある。それは、身体を大切にするという感覚だった。私は自分の身体を大切にしようとしたことがなかった。生まれたときから消化器官が弱く、お腹を壊していない日は年に数えるほどだった。それが普通だった。その人は私がお腹を壊すと、温かいタオルをあててくれたり、ココアをつくってくれたり、アイスを控えるように言ったりした。そうすると、確かに少しだけ痛みは和らいだ。それまで、痛みは耐えていれば過ぎ去るもので、そうでなければ自分が死ねと思っていた。しかし適切な対応をすると痛みは和らぎ、それは実は内蔵の冷えや硬直であるらしいとわかった。それから、性行為をするとき、身体への触り方が優しかった。自分が大切にされているという感じを私は気に入った。残念ながらどうしたら大切に触るということになるのかわからず、その人をとうとう大切に触ってやることはできなかった。よく、もう少し大切にしてと言われていたのが悔やまれる。もっと優しい人間だったらよかったのに。結局、私は、ほとんど自分の興味関心によってしか、その人と関わることしかできなかったのかもしれない。
人と付き合うということで一番悲しかったのは、私自身が誰も大切にできないということが明確になったことだ。私は今まで自分が痛い目に合わないことばかり考えていたから、その真逆の大切にするということは、とても遠く思えた。付き合った当初から、その人は目を合わせてほしがった。私は怯えがすっかり身についていたので嫌がったが、その人は諦めなかった。それで、付き合って1年くらいして、ようやく目を合わせることができた。その時のことはよく覚えている。目を合わせると、その人の目の中に私が映っているのが見えた。それではっとして、私は私から逃げられない、これは簡単なことじゃないぞと思ってぞっとした。誰かを大切にしたくば、自分を大切にすることから始めなければならず、自分からは逃げられない、と思ったのだ。しかし私は、崩壊1,2によって完全に自分のコントロールを失い、その人に八つ当たりすることになったので、結局大切にすることとは程遠い振る舞いになったのだが。また、世間的な倫理観を私は理解していなかった。それは、他の人とセックスしたらどうする?という軽い話から始まった。私はその人のことを好きだと思っていたので、その人が楽しいなら全然いいんじゃないかと言った。さらに悪いことに、私は、別の人間の身体がどんなか興味が出たら、好奇心でセックスするかもしれないと言った。その人は絶句し、冷たいと言った。あとで、一般的にそれは悲しむことになるとわかった。そんな感じで二者関係は次第に懐疑的なものとなり、春にその人は引っ越すことになり物理的に離れた。線路わきの桜が夕日を受けて輝いていて異様にきれいだ、きれいで悲しくて訳が分からない。
それでしばらくは遠距離の関係を続けたが、私は安全が近くにないにも関わらず自分のコントロールが失われた状況に耐えられず、自暴自棄になり適当にいたその辺の男と性行為をしたりした。自分の問題を生物的な性的欲求にすり替えたかった。実際、ある程度すり替えはうまくいったし、その人への好意は半分くらいは性的欲求によるもののような気がした。性的欲求だけ取り出してみると、それは単に刺激であり、すぐ飽きたので少し面倒はあったがセフレを捨てた。結局、その人と向き合う、つまり、自分と向き合うことに耐えられず、浮気を理由に別れた。自分から切り出したくせに涙が出て、意味が分からないと思った。今でも、誰か特定の人間を好きになることによって、自分は崩壊するだろうと思う。春というだけでこんなにも心が乱されるのだから。