レーモン・クノー『文体練習』②

tamon
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公開:2023/11/29

12・ためらい

なんかいきなり暗くなったんですよ、映画館でしたね。いや、図書館だったかな……。ちょっとよく覚えてなくて、すみません。室内だったことは確かです。でも風が吹いてたような……。とりあえずなんか暗いところで待ってたんですよ。

何をって、何かをですよ。ほらなんかあるでしょ?人前で泳いだり道路工事したりするやつ。まだ始まらないのかなあって思ってたんですけど、結局どうなったんだっけ……。

13・厳密に

駅から歩いて五分二十一秒のところにある劇場の小ホールに、八四人の観客が座っていた。天井部にある照明が消えて一分三十秒経過したが役者は出てこない。

間口七・五メートル、奥行き七メートルの舞台にはパイプ椅子が二脚と長方形の机が置いてある。客席から見て下手側、コンクリートの壁に影が映っている。

14・主観的な立場から

嫌だなあ。何が嫌ってこの雰囲気ね。ほらちょっと覗いてみてよ。客席の視線がすごいよ。もう期待ではち切れそう。

ああ、逃げ出したい。このまま帰っちゃ駄目かな。主役がいなくなったらさすがに困るか。あんなにお客さんが待ってるもんね。

それにしても恐ろしいな。あんな視線浴びたら死んじゃうんじゃない?集中砲火だよ。うわ、オペラグラスまで構えてる人がいる。ほらほら見てあれ。上手の奥の方。ああ、あんまりのり出しちゃ駄目だよ。影が映っちゃうからね。

15・別の主観性

今戻りました。照明が落ちてからの案内って緊張しますね。まだ始まってなかったからよかったけど、ぎりぎりに来るの止めてほしいな。

あ、キャンセルないの珍しいですね。じゃあもう案内しなくていいんだ。上演中に席まで誘導するの、一番嫌なんですよね。他のお客さんからの視線が突き刺さるし。私一回、席が中々見つけられなくて右往左往したことあるんですよね。あれは気まずかったな。

今回はそういうことなさそうですね。もうお客さん来ないだろうし。当日券はあるんですか?ぎりぎりまで販売?攻めますねえ。もう上演時間大分過ぎてるのに。まあ、案内はしますけど。来たらいいですね。

16・客観的に

劇場内の明かりが消えた。客席は静まり返っている。無人の舞台には最低限の小道具が置かれている。下手側の壁に影が映っているが、役者は出てこない。

17・合成語

密室演技所が暗くなり、ウォッチャー席の唾飛ばしが止んだ。他人なりきりマシーンはどこから出てくるのだろう。首振確認するが分からない。

スポットライト浴び場所は虚無間だった。金属折り畳みチェアと物置スポットがあるだけ。しかし、壁には真黒人影が揺らめいていた。床踏み音はまだ聞こえない。

19・アニミズム

劇場が明かりを消す。客が大人しくなって満足。観客の焦燥、役者の心境、はち切れそうな期待。劇場は全てを知っている。

パイプ椅子と机もクールなふりして始まるのを待ってる。コンクリートの壁も無表情に見えるけど影を映してる。みんな自分の役割を分かってる。もちろん劇場も。

@tamon
レーモン・クノーの『文体練習』をやっています。全部は無理なのでやれそうなものだけ。基本形の文章はこちらの短編をぎゅっとしたものです。kakuyomu.jp/works/16817330656894645885/episodes/16817330656894686470