21・区別
劇場(激情ではない)の明かりが消えて(閉館したわけではない)客席が静か(しずかちゃんではない)になった。いよいよ(伊予が二つあるわけではない)始まる、という期待(気体ではない)に満ちている。俳優(Hi,you!ではない)はどこから登場(東條英機とは関係ない)するのだろう。上手(じょうずではない)か、下手(へたではない)か。ここから(いつもここからではない)という可能性もある。いずれにせよ油断(実際に油を断つわけではない)はできない。
無人の舞台に変わ(む、ZINEのブタ、胃に皮ではない)ったところはない。あるのはパイプ椅子(煙草の椅子ではない)とデスク(マスクではない)だけ。何かが始まる気配(毛が生えてくるわけではない)はあった。壁(ぬりかべではない)に影が映っている。足音(ゴジラのではない)はまだ聞こえない。
22・語尾の真似
劇場が暗くなる。客席が静かになる。いよいよ始まる、と期待する。役者はどこにいる、と周りを見る。舞台に誰かいる?分からなくなる。ただ椅子と机が置いてある。壁には影が揺らいでいる。足音が聞こえてくるような気がする。
23・あらたまった手紙
申し上げます、申し上げます。劇場の方。あの劇団は酷い。役者がどこから登場するのか事前に通告もせず、観客に期待と不安を煽るのです。生かしては置けません。私は演劇を観に来ただけなのです。こんな思いをするために劇場を訪れたのではない。
しかし、私は無人の舞台を眺める他ありませんでした。ここまで来て逃げ出すわけにはいきません。作品の価値は分かっているのです。いえ、価値があるかどうかは大した問題ではない。ただ、私が観たいのです。あの劇団が作り出すものを。
そのためなら私は何だってするつもりです。けれど公演時間を過ぎても始まらない、というのは酷すぎる。私はもう気が狂いそうでした。あんな気持ちで客席に座っていることしかできないなんて……。
だから今、私はお伝えしているのです。どうか改善をお願いします。名前ですか?私はただの観客、有象無象の一人ですよ。
24・新刊のご案内
お世話になります。多聞と申します。この度新刊を上梓することとなりました。詳しくは添付しているファイルをご覧ください。
いかがでしょうか。周囲の方には「演劇に馴染みがなくても楽しめる」など、ご好評の声を頂いております。特に、期待と不安がない交ぜになった観客の心境に共感していただくことが多いようです。
よろしければ委託という形で本を置かせていただけると嬉しいのですが……
25・擬音
劇場がぼわんぼわんと暗くなり、ざわざわとしていた客席が静かになる。もわもわとした期待が充満している。ずんずんと役者はどこから出てくるのだろう。きょろきょろ見回すが分からない。
しんしんとした舞台にはがしゃがしゃした椅子とごわごわの机があるだけ。ちらちらと壁に目をやるとゆらゆらした影が見える。こつこつ、という音が聞こえたような気がした。
28・無関心
役者はどこから出てきたか?知らないよ。早く終わんねえかなあ、ってずっと寝てたから。暗いと眠くなっちまうからな、仕方ないよ。
さあ、舞台でなにやってたのかも知らない。いつ始まって終わったのかも分かんねえなあ。役者がなんかやってたんじゃない?知らないけど。
29・ぼく
急に暗くなったからびっくりしたんだけど声は上げなかった。ぼくはそれぐらいの分別はついてるから。周りの人はそわそわしてたんだけど、その理由はわからなかった。
だからぼく、ステージを見てたんだけどなにも起きないからすぐ飽きちゃった。でも壁に影みたいなのがゆらゆらしてた。ぼくはよくわからなかったけど、誰かが出てくるみたいだったよ。
30・現在
今、場内が暗くなりました。客席は静まり返っています。咳払い一つ聞こえません。一体役者はどこから登場するのでしょうか。私が今いる場所から見て右、いわゆる上手には変化ありません。下手も同様です。
おっとここで?舞台上の様子について速報が入ってきました。パイプ椅子が二脚と長方形の机が設置してあるとのことです。劇中でどのように使われるのでしょうか。全く想像がつきません。
あーっと、あれは何ですか?影?役者の影でしょうか、それらしきものが下手の壁に揺らめいています。今すぐ出てくるようで出てこない。焦らし焦らされ、観客の期待は膨らむばかりであります。以上、現場からお送りしました。