中学1年の体育の時間、グラウンドで気をつけの練習をしていた。直立不動。顎を引いてつま先を少し開く。手はまっすぐに伸ばし手のひらを外腿につける。言われた通りにやっているつもりなのだが老齢の体育教師は全然出来ていないと何回もやり直しをさせる。何十回目かのやり直しのあと真っ直ぐに並んだ生徒たちを見て、教師は「自分が不幸だと思う者は挙手をしろ」と言った。
私は手を挙げた。教師は真っ直ぐな姿勢を崩さず生徒たちをぐるりと眺め、手を下ろせと指示し行進の練習を始めた。
それ以降、体育の時間に哲学じみた質問をすることもなく体育教師は翌年定年を迎え学校を去った。
遅刻と早退で彩られた高校時代。朝10時頃のんびりと学校に向かっていると、パチンコ屋に入る元体育教師の丸まった背中を見た。自分が不幸だと思う者は挙手しろ。彼は手を挙げるだろうか。