日曜日は亀を洗う。汚れた水槽の水をポンプで抜く。別の水槽に移した亀に、いつもよりも少しだけ高価な餌を与える。
“健康重視の厳選素材 食いつきが違う”
撒くと真っ赤な餌が水面に広がる。亀の食いつきはいつもと変わらない。
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子供の頃に見た縁日の亀すくいの屋台。小亀たちが浅く水の張られた平たいケースの中を蠢いている。果たしてこれをポイですくえるのか。薄く儚い紙の上に乗るのか。子供だった私は母にすくわせてほしいとねだった。母は無言で私の腕を掴むと早足で移動した。亀にはばい菌が大量に存在しており触ると病気になって死ぬと、屋台が十分見えなくなってから強い口調で言われた。それきり亀をすくわないまま私は大人になった。
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亀が餌を食べている間に、水槽のろ過器を分解掃除する。ラジオを付けると、山下達郎のサンデー・ソングブックが始まった。別にファンではなかったが、水槽掃除の片手間に聴いていたらいつの間にかルーティン化し、少しだけ好きになった。彼が厳選した知らない曲に耳を傾けながら、小さな部品を古びた歯ブラシで磨く。
曲の合間にリスナーからのハガキが読まれる。殆どが常連者のようで「常連の◯◯さん」と、ハガキを読む際に前置きしている。本人から常連と認識されるのは気持ちがいいものかもしれない。
「はじめまして。毎週亀の水槽掃除の傍ら聴いています。番組を聴くうちにレコードに関心を持つようになり、今度発売するLP盤を予約しちゃいました。しかし予約したのはいいのですが聴くためのプレイヤーがありません。そこで昨日レコードプレイヤーを購入しました。よくわからなかったのでサウンドバーガーというかわいい名前のものにしました。しかし令和の時代にレコードとは、時代は巡るものなのですね。最後にリクエストを。これから訪れる夏に想いを寄せてSPARKLEをお願いします」
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その日私は港にいた。そこはバブル時代に観光地にすべく整備されたが、バブル終了と共に緩やかに寂れていった。真夏の暑さは痛覚にくる。逃れるために近くにある施設に入った。冷気が歓迎の抱擁をしてくれる。
中は船の発券所といくつかのテナントで構成されており、熱冷ましと暇を潰すにはちょうどよい。ぶらぶらと歩いているとアクアリウムショップがあった。少し濁った水槽の中に名前も知らない魚たちが泳いでいる。水槽の下には浅く水が張られた楕円状のケースが置いてあり、そこに小さな亀たちがいた。
“ゼニガメ1匹 700円”
十分に体も冷えた。私は亀を2匹連れて店を出た。
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水槽に水を入れている間に、亀の甲羅をブラシで磨く。ひっくり返して裏まできれいに。すべてが終わると一日が終わる。
きれいになった水槽で眠る亀。来週の日曜もまた亀を洗う。それからまた来週も。ずっと。