断定+命令の再考

tazn
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公開:2024/8/5

今日はタイッツーで占いの受け取り方についての話題が上がっていて、自分もこのようなタイーツをした(占いをする側の立場からの話として)。


ほとんどの場合、占いの言葉は「断定+命令」の形で作られるので、どうしても占者による「人をコントロールする意図」が含まれることから逃れられません。

例えば、「あなたは大変な時期を過ごしましたね、今はお休みする時です」といった優しい言葉だとしても、「大変な時期だった」という断定と「休め」という命令なのは変わらない。言いまわしの問題でそんな風に見えなくても、骨格としては断定+命令にならざるを得ません。

その上で、自己確認や行動指針を得るために占いの断定と命令の言葉を求める人がいて、そういう人のために占い師は占いの言葉を発します(受け手がそれをどう使うかはまた受け手側の話)。

個人的に問題と思っているのは、占いの言葉を求めている人に(つまり依頼人に)届けるのと、求めてない人に届けることの差。特にSNS上に流れてくる断定+命令の占いの言葉は、求めていない人にも勝手に届いてしまう可能性がある(求めていない人を勝手に断定する上に命令の言葉が届いてしまう)。

自分の言葉がどうしても人をコントロールする意図を含んでしまう、ということに占い師側が無自覚だと、いろいろ問題も生じます。

タイツタロットの各カードのメッセージはなるべく命令+断定じゃない言葉で書いていて、つまりこれはほとんど占いとは言えないんだけど、SNS上でガンガン流れることが前提なので、そんな感じでいいかなと思っています!

「占いの言葉にはどうしてもコントロールの意図が含まれてしまう」のと、「占い師が人をコントロールする意図を持つ」のは、全然別の話ですが!(後者は論外!)


これは以前からの持論だけど、ずいぶん前に考えたことなので、なんとなく論が古くなっている気もしてきたのでもう一度考えてみる。

「断定+命令」とは極端な言い方で、「診断+アドバイス」みたいに言い換えても構わない(こっちの方が実際に近い)。あえて極端で強い言葉にしているのは、自戒として働くことが期待されているため。

占いの言葉に人をコントロールする意図が含まれることは、その言葉を放つ人にその意図があるかないかとは関係ない。誰が言っても、どうしてもそうなっちゃう構造がある。そうなることを意識して占いの言葉を語ろう、という自戒。

今、一般層にも人気の占い師さんの言葉を読むと、この「断定+命令」になってしまう占い文型をどうやってそうでない(ように見える)言葉として語るか、とても心を砕いているように見える。心を砕いても構造上そうなっちゃうんだけど、なるべくそう見えないよう工夫されている。

これは、「人をコントロールする意図をどうしても含んでしまう占いの言葉の構造」VS「占い師は人をコントロールするものではないという価値観」の戦いが、その占い師の中にあるためだと思う。そういう葛藤と戦っている占い師として、例えば石井ゆかりさんやしいたけ占いがいると思う。

そういう葛藤や自覚のない占い師が悪い占い師かというと、そうとは言い切れないけど、容易に断定+命令の言葉を語って人気が出た場合は依存的な人ばかりが集まってきやすくなるのではないか。石井ゆかりさんやしいたけ占いが占いファン以外の一般層にも届いているのは、この辺りをクリアしているからだと思う。

もう一つ、占いの言葉は本当に「断定+命令」になってしまうのか、についても再考する必要がある。

そうでないものがあるとすれば、今思い浮かぶのはこういうものしかない。受け手自身が象徴を判断する必要のあるシンボリックで抽象的な言葉、巫女が神がかりになってるときに語るような言葉。受け手自身が夢を判断するように、その言葉を解釈する作業を要する言葉(「青い湖が見える・・・あなたがその岸辺で白い貝を拾うと、中から黒い鳥が飛び立った・・・」みたいな)。

通常はこうした象徴を占い師が解釈して断定+命令(あるいは診断+アドバイス)に変換する作業をしている。その作業を受け手自身が行うのであれば、占いの言葉は断定+命令の構造から逃れられる。

ただ、一般的な占い師と相談者の関係だと、これはなかなか成立しない(「意味分かんないです」と言われてしまうのがオチ)。占い師というより巫女やシャーマンのような立場じゃないと難しいのではないか。