役所を出ると、雪のためにほんのりと明るく照らされた夜が広がっていた。手続きを終えて、晴れてパートナーとなった飼い猫であり化け猫のハルを見遣る。彼女は大きなあくびをして、猫のままの耳をスズメガのように伸ばして、ぴぴぴと震わせた。化け猫になるまでの20年、わたしは彼女の面倒を見ていた。養うべき飼い猫として。彼女が化け猫となってからは対話を重ね、ハルは受肉措置をとり、わたしたちは同性パートナーというかたちで「家族」になった。
「これからはインフルエンザの予防接種はいるけど、虫除けのあの変な薬はしなくていいんだよね、それだけでも永遠の命を捨てて受肉するだけの価値はある」とハルは鼻に皺を寄せながら言った。受肉した化け猫の顔のつくりはヒトのそれとほとんど変わらない。どこかわたしに似た雰囲気をしたその顔は、不思議と猫の頃のハルの顔にも似ている。
わたしとハルとの間に恋愛はない。親子でもないし、友達でもない、今はもう飼い主と飼い猫でもない。それでもわたしたちは同じ苗字を背負って、同じ家で眠り、生きて、死ぬ。先に死んだ方の葬式を残った方が出して、そして残った方の人生は続く。「単純に考えて二馬力で家計が回せるのは強いよね」とハルはけらけらと笑って言う。何年か前までトイレの世話をわたしにさせていたとは思えない横顔で。わたしは噛み締めるように相槌を打った。
ハルはわたしの少し前を歩いていく。ざくざくと雪を踏みながら。四本脚で軽やかに歩いていたそぶりさえ見せず、最初からヒトそのものであったかのように。不意に、「死ぬまでは一緒にいてあげる」と彼女がわたしに言った言葉を思い出す。役所でもらった証明書を左手に握りしめて、少し歩く速度を上げた。降り積もった雪はわたしたちの足音を吸い込んでしまう。夜はしずかに、世界の端まで満たしていくかのように広がっていく。