音のあと

手羽先700
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公開:2025/7/16

 蝶番の調子が悪いから、閉まるときにものすごい音がするんですよ、そのドア、閉めるとき気をつけてくださいね、出来れば手を添えて。朝礼でそう伝えられたのに、誰もドアに手を添えやしない。わたしはバシャン!と音を立ててドアが閉まるたびにいちいち呼吸を止めることになる。

 そのうち、バシャン!の音の後に何かが扉から飛び出すようになった。Iさんが景気良くバシャーン!と閉めたドアから、ぽん、と綿埃のようなとのが飛び出す。綿埃のようなものはいくつもの脚を忙しなく動かして走り、やがて棚の下に消えてしまう。それから、わたしはドアを観察するようになった。綿埃のようなものには個体差があって、大きかったり小さかったり、色が濃かったり薄かったりした。大きくても成人男性のてのひらにおさまるほどで、色は灰色。どんな大きさにしろ色にしろ、彼らはちょこまかと走り回ってすぐに棚の下に消えていく。棚の下にほうきを突っ込んでかき回してみたが、出てきたのは巨大な綿埃や虫の死骸だけだった。

 火曜日、ドアは大きな音を立てることなく、まるで貴族の所作のような優雅さでぱふん、と閉まった。Iさんとわたしは思わず目を見合わせる。朝礼で、ドアの蝶番が修繕されたことが伝えられる。そうしてやかましいバシャン!の音は職場から消え去り、わたしはまた性懲りもなくほうきを棚の下に突っ込んでかき回してみたが、綿埃も虫の死骸さえも出てくることはなかった。

@tebasaki700
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