新刊棚の平積みの上でまどろむ一匹のねここそ、この書店に御坐す神さまである。
神さまは毎日違う模様をまとう。お気に入りは黒色多めの三毛柄らしい。今日も三毛柄をまとい、ピンク色でところどころあずきのような黒の部分がある肉球を気怠げに舐めている。
神のみわざはこの書店に満ち満ちている。返品したばかりの本をお客様がお問合せになるのも、探している本が四箱積まれた段ボールの一番下の箱に入っているのも、昼の点検で発見されたレジ誤差が最後のレジ締めのときには解消されているのも、神さまの力に他ならない。「どうか新刊配本が潤沢にありますように」と祈るコミック担当者を、神さまはちらと一瞥する。けれども毛づくろいを止めることはない。「どうか、次に爆売れする本を教えてください」と祈る文芸担当の手にじゃれついて、無邪気に笑うような顔をしてみせる。
閉店作業を終えて店の鍵を閉める直前、真っ暗な店内にはぽつりと神さまが佇んでいる。まるで誰かの忘れもののようにして。「おやすみなさい、また明日」神さまに声をかけ、扉を閉める。神さまは何の反応も返してはくれないが、扉を勢いよく閉めるのは憚られた。だから、いつも硝子の食器を扱うように、ていねいに、扉を閉める。また、あした。