冬休み

tokoi
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年末ごろからなんだかSNSを見るのがしんどい気がして、冬休み中は店のアカウントにお客さまから問い合わせが来ることもないし、いったんぜんぶ見るのを辞めてみよう、とスマホから各SNSアプリを消した。消してからしばらくは、ふと暇な瞬間にスマホを手にして、SNSを開こうとして、あ、ないんだった、と閉じる、ということを繰り返した。いかに自分が無意識下に隙間時間をSNSに割いていたかを思い知り、この蝕まれ具合をちょっとグロテスクにすら感じた。これまで無意識にSNSを開き、無意識に目にした数多の情報により、どれだけ不要なものを欲しいと思ったり、行かなくてもいいところに行きたいと思ったりさせられてきたのだろう、と思った。Instagramやthreadsは店の告知ツールとして使うけれど、ちょっと使い方を変えなければならない、と思った。たくさんの人が見ている時間に、日々情報を更新して、たくさん目に触れることで、行きたい気持ちを創出したり気になったりするように仕向ける、今やSNSマーケティング的正攻法とされているやり方はもうやめようと思った。正攻法が悪だと言うわけではない。ただ、自分には合わないと思った。実は昨年後半は、店のInstagramで期間を区切ってあれこれ試し、効果を測定し、次の投稿に反映させる、ということをやっていた。そうすると「次はこんなことを打ち出して、これくらいの成果をあげなきゃ」と勝手に自分で掲げた目標に、勝手に苦しくなったりしたし、もともとガンガン売り込む、みたいなことが得意でないので、単純に次々と告知を打つ、宣伝をする、ということそのものへのストレスもおそらく感じていて、うーんなんだかあんまりたのしくないな、と思いながらも、ある程度の成果につながったので細々と続けた。でも、成果につながるとしても、苦手なことを無理に続けなくてもいいよな、と思い直した。そのためにわざわざひとりでやっているところもあるのだから。

自分は、お客さまがこの店にいる間は、現実的な繋がりから離れて、のんびり、ぼんやり過ごしてほしいと思っているし、そのように過ごせる空間を作ろうと常に心掛けている。お客さまが店のInstagramの投稿を見ている時間も、間接的かつ概念的にではあるが同じくお客さまの時間をいただいて何かを提供しているわけで、投稿から得られる情報なり空気感により、本当は来店時と同じように、ゆったりとした気持ちを保つ助けとなるのが理想である。しかし、現状は理想とは違って、物を売るための宣伝告知をねじ込むような形になっているのが、おそらく自分の違和感のもとというか、なんだかたのしくないなと感じる原因のようだと気がついた。毎日何かしら更新することも、不必要にSNSアプリを開かせて、たくさんの広告や宣伝に晒されるきっかけを作ってしまっているかもしれない。それは自分の目指すところと逆行している。Instagramは店の空気感を伝えるのには重宝するので、投稿をゼロにしよう、アカウントを消してしまおう、告知をやめてしまおう、ということはないのだが、たまたま目にしたいくつかの投稿がなんだか忘れられなくて、ふとした時に思い出して行きたくなる。ある時友人がとっても居心地のいい店があってね、と言って連れてきてくれて、こんどは自分ひとりで行こうと心に決める。そんな繋がりで成り立つ店になりたいと思った。ネット上に情報のあふれる世界で、どれだけこんな理想論が通るかわからないけれど、今年はちょっと抗ってみることにする。

@tecolote
気が向いたとき、日記を書いています。