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※本記事はイリヤ・ワルシャフスキー著、草柳種雄編訳『夕陽の国ドノマーガ ソビエトSF選集5』(大光社、1967年)(参考URL:夕陽の国ドノマーガ | CiNii Research https://cir.nii.ac.jp/crid/1130282272328413184)のネタバレを含みます。読了済の方か気にしない方のみご覧になってください。また、最初の「◯」から次の「◯」までは物語調の感想もどきのため、この本の概要についてとりあえず知りたい場合は三つ目の「◯」まで飛ばしても差し支えありません。お好きなところからどうぞ※
◯
建物の外に出た私は視力を失ったのかと思った。一面の白。空の青さえ、地の緑さえ失った国。ひしめきあう居住街の眩しさに、私は入国審査ロボットから渡されたサングラスをかけた。視界が暗くなると、あちこちから聞こえる機械の駆動音がしずかに、学習旅行の始まりを告げた。
ホテルにチェックインすると、薔薇の芳醇な香りが出迎えた。造花とは思えないほど艶やかな姿が一輪、花瓶にささっていた。私はさっそく三次元スキャンをした。容量の関係ですぐ本国に送れないのがもどかしい。
場所をとらない映写装置からは、本日AIで行われた裁判の結果が報じられていた。地下労働中の人工人間が二人、共謀し、脱走したのだという。ドノマーガの機械電力を維持し支える大事な役割を放棄したとして、重罪を科せられたらしい。
ワンプッシュのミストで済むバスから一直線に、私は設られたベッドに転がり、目を閉じる。体が心地よく沈んでいく。レンズがまぶたの動きに反応し、娯楽映像が始まった。
すみれをもった少年がいた。彼の手に握られた小さい花は、摘んでしばらく経ったのだろう、くちゃくちゃにしなびていた。ベッドの上で、彼はすみれを胸に抱いてわんわん泣いている。母親が薔薇をもってきた。きっとあの薔薇と同じすばらしいものだろう。少年は泣き止まない。
ああ、すみれの香りはどんなだったろう。私はたまらなく、ふるさとの道端を思った。すみれの、あの細くたくましく咲く姿ーー脳裡にすみれが形づくられるより早く、かぐわしい薔薇が眼前に迫る。
私は起きて、薔薇をエチケット袋にくるんだ。蝋のような花弁がひとひら落ちる。床に触れるなりソレは細かく分解され、足元の排気口に片付けられた。
なにをしているんだろう。せっかく、科学の進んだ国に来たというのに。いいや、これはアメニティ品だったはずだ。これは後学のために持ち帰るだけだ。
私はざわつく気持ちを追い出そうと頭をふり、戸棚のSF集をとった。人間の発想を集めて機械が書いたらしい。
「《永遠の問題》、か」
その章には9本の短編が収まっていた。悪魔の代理である電子計算機との賭けに負ける神、人類の学習データを生かしきれないロボットたちの会議、手に余るテクノロジーに翻弄される人類、……。
人類の前に立ちはだかるすべての問題には機械だけで解決できないだろうと、機械自身が著すのか。それではもう、この国は。私たちが進もうとしている理想郷は。
私は空港に引っ返した。ロボットは愛想よく笑い、じょうずな世間話をし、チケットを次の便に変更した。私はサングラスを返した。降りたった自動操縦飛行機の轟音に目を向ける。真っ赤な夕映えに、鼻の奥がツンとした。
◯
どうも。ドノマーガには昨年訪れた山寺です。上記の文章は、ドノマーガってこういう国なんじゃないかという妄想と、私がいままで読んだSFの要素が多分に入った二次創作のような感想のようなものです。
夕陽の国、というのは没落しかかっている、という意味なのだろうなあと。科学の夕べ、人類の夕べ。夕陽は美しくもあり、切なくもあります。太宰の『斜陽』は終わりゆく美しさを切り取っているなあと思いながら読みましたが《夕陽の国ドノマーガ》の章は最後の短編に向かっていくにつれて、青黒い夜闇が迫っているように思いました。
「ドノマーガ」ってなんだろうなと思い、Wikipediaにあったロシア語タイトルをDeepLさんに翻訳してもらったら「太陽の沈む国 ドナ」と出てきました。「太陽の沈む国」もかっこいいですが、「夕陽」のほうが文字数も少なくてパッとイメージしやすいので、翻訳業ってすごいなあと思います。てか「ドナ」ってなによ!! 「ドナ」こと「ドノマーガ」について私は調べきれなかったので、詳しい方いらっしゃったら教えてください。Google検索すると出てくる説明は『ピグマリオ』という漫画における「ドノマーガ」の説明だったので……。その漫画においてはメデューサの使者で、目つきが悪いそうです。メデューサ関連なら石化のエピソードから、石造り(コンクリート)の建物だらけになった末路なのかなあと思い、冒頭ではとりあえず真っ白い建物だらけにしてみました。私が好きな「すみれ」という短編では、地下深くエレベーターを降りていかないと小麦やすみれがうわっている小さな保護区画に出られなかったので、あながち風景としては間違っていないんじゃないかと思っています。
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さて、ざっくりとこの本について。『夕陽の国ドノマーガ』には《永遠の問題》《夕陽の国ドノマーガ》《SFパロディー》と3つの章にわかれてそれぞれ短編が収まっています。《永遠の問題》には作者が作品を通して我々に問いかける(他の章にも言えることでもある)ような話が、《夕陽の国ドノマーガ》には文明が進んだドノマーガという国で起こった話が、《SFパロディー》にはその名のとおり他作品にSF要素を混ぜた話が、それぞれ連続した時系列ではなく、独立して存在しています。例えば《夕陽の国ドノマーガ》の章には「幻影」「裁判官」「最高機密」「すみれ」「夕陽が沈む」「遺産相続人」という題の6本の短編があり、舞台はどれも「夕陽の国ドノマーガ」と共通していますが、「幻影」の続きが「裁判官」、「裁判官」の続きが「最高機密」、……、と続くのではなく、「幻影」で一つの完結した短編、「裁判官」で一つの完結した短編、……、といった具合です。章の中で大きな流れがあるように感じましたが、気になる短編を虫食いしても大丈夫だと思います。作者が「人類はこれから立ちはだかる問題をなんとか乗り越えていけると思うだろうが、その全てを機械が担えるとは思わない」「こういった問題についてSF短編という形で読者と話ができるのがうれしい」(※原文ママではない)というようなことを言っていたと《訳者あとがき》にあり、たしかにそんな雰囲気が流れているなあというのがこの本全体の印象でした。
「すみれ」について話したい一方、語る言葉を持たない気がいたします。校外学習ですみれという花に初めて出会った少年。初めてかぐ香りに、なにか知っていると思うけれども適切な言葉が浮かばない。管理者からこっそりそのすみれをもらった少年は家に持って帰ってからも胸いっぱいにすみれをかぐ。泣き声を聞きつけた母親が少年をなぐさめようと薔薇を持ってこようとするが、そんなんじゃないんだと、少年はしゃくりあげる。あらすじはこんな感じ。
初めての感覚に情緒ぐちゃぐちゃにされた人間を見るのが好きな方は好きだと思うのでもし読んでない方でこの記事読んでくださっている方はぜひ機会があったらこれだけでも読んでいただきたいです(ノンブレス)。同章だと「裁判官」と「遺産相続人」も好きです。あの演出はシビれます。
自分の指の本数を一本一本数えたり、立っている地面を思わず足でふんで確かめたくなったりする読後感は《永遠の問題》の「無への旅」が特にそうで、読めてよかったなあと思いました。あの感覚好きなんですよね。皮肉な話もこの章に多かったように思います。皮肉な話も好きです。「そういやAIに関するあの話、これに近いのかなあ」と思うような話もあり、他人事じゃないなあとは思うんですけどね。
《SFパロディー》に収録されている短編のパロディ元を知っているのは「シャーロック・ホームズ秘話」だけでした。「ジャンブリ」と「不死の宮殿」は全然元ネタがわからなかったんですけど、でもおもしろかったです。知ってたらもっと「あ〜〜www」ってなったんだろうな〜〜〜くやしい。
この本がSF短編集だと知って読もうと思い、「星新一のショート・ショートみたいな感じかな〜?」と油断していました。《永遠の問題》の最初の数編はそんな感じでしたが、急に専門的な話が始まったときは二週間の返却期限内に読み終わらないんじゃないかとハラハラしました。みなさまも借りる際はお気をつけください。ちなみに絶版本かつ近場の図書館になく、私は大きな図書館で借りました。ふだん利用しないので家で読むときめちゃくちゃ緊張しました。もし捨てる予定の人がいたらくださいいくら積めばいいですか(圧)。家に置いておきたいくらいにはもう一回読みたいなと思う本です。
読書感想文、むかしから逃げ続けてきたので読みづらかったことと思います。ここまで読んでくださってありがとうございました。「#寺子屋会読会」とかあると同じ本の感想探しやすいかな……? もしつけてくださったら喜んで飛んでいきます。「同じものを読む人は、遠くにいる」そうですし。
それではこの辺で。夕陽が沈む前にまたお会いしましょう。