
隙間時間が苦手だ。何かしら有用だと思うことをし続けていないと、自分に価値がなくなったようで、焦ってしまう。
私の焦りは、専業主婦だった母親に由来していると思う。結婚して仕事をやめた母親は母親業に専念すると決めたのか、あるいは、同じように専業主婦だった自分の母親に倣ったのか、とにかく一生懸命に家事をしていた。朝食の準備に始まり、洗濯や掃除機かけ、ぞうきんがけ、トイレ掃除、庭の掃き掃除・・・・・・
母親と私の違うところは、休息を良しとしているか否かにあるだろう。
母親は家事と家事の間、日中の少しの隙間時間には、必ずといってよいほど眠っていた。学校から帰ってきて母親が眠っているのを見つけると、声をかけるべきか悩んだものだ(コマンドを間違えると怒鳴られてしまうため)。
私はといえば、暇になったからといって眠ろうものならどこからか母親の怒声が聞こえてくる気がして、何かすべきことはないか、していないことはないかと自分で自分の粗探しをしてしまう。
休むことを体に物理的に覚えさせましょう、とカウンセラーは言う。心理的にはまだハードルが高く、ともすれば休む自分を責めてしまうため、まずは椅子に座ったり寝転んだりして体をストップさせましょう、と言うのだ。
椅子に座ることはできる。寝転ぶこともできる。しかし、心を落ち着かせながらこれらをすることは、今のところ、できない。洗面台を掃除しようかななどとつい考えてしまい、実行せずにはいられなくなる。練習だと思って動かずにいると、呼吸が浅くなり息苦しくなってくる。
真っ白な紙があれば黒く書きつぶしてしまいたい性分の私は、スケジュールも真っ黒にして満足したいようだ。
でも、真っ黒なスケジュール帳にかわいいシールを貼ることはできない。
空白の時間ではなく、余白の時間。
焦って頑張っていらぬ苦労をする時間ではなく、自分のペースで楽しみ人生を豊かにする時間。
そんな風に考えることができたらいいな、そう考えていこうかな、と思う。