「カス男と別れたので愚痴を聞いて下さい!」
コロナ禍より前の思い出だ。学生時代の後輩から連絡があった。勢いがすごい。
「ただし私の話に何も反応しないでください。返事したら殺します」
物騒なことを言う。僕は愚痴を聞くときに反論やアドバイスをしたことはないが、とにかく少しでも反応したら僕は殺されるらしい。難易度鬼モードのドキュメンタルだ。
休日の昼過ぎ、僕たちはフルーツパーラーに集合した。
彼女は自分がどれだけ傷ついたか僕に話した。彼女の元恋人は常に不機嫌で、雰囲気や態度で相手に気を遣わせるタイプの人だったらしい。
僕は期間限定のマンゴーパフェ食べていた。死にたくないので彼女の話は無視した。栗や芋もいいが、やはりフルーツと生クリームが盛りだくさんのパフェが好きだ。
パフェがコーンフレークゾーンに差し掛かる頃、彼女は声のボリュームを上げて言った。「ねえ、どう思います!?」
えっ、僕に聞いた?答えていいの?口を開いた瞬間にフォークで喉元を引き裂かれるかもしれない。答えは沈黙?ハンター試験かよ。
「そうね…」
最期の言葉になる可能性もある言葉は、味のしないガムみたいなものだった。しかし彼女は僕の生返事に満足したらしく、スプーンを指揮棒のように振りながら話を続けた。勢いがすごい。
僕はUXデザイナーとして働いている。職業柄、人の話を聴く機会は多い。いわゆるインタビュースキルも人並み以上にあるだろう。
インタビューは設計が重要だが、話を聞く際のテクニックも当然のように求められる。僕もしっかり叩き込まれた。
相手の斜めに座る、間に何も置かない。優しい表情で頷く。両手は見えるように机に置く。適度に相槌を打つ……。相手が安心して何でも話せるように。必要な情報を得るために。
しかし彼女の前でそういう振る舞いは禁止された。共感も傾聴も深堀りもせず、僕はただ黙って聴いていた。
彼女は恋人といるとき、常に発言を否定されたらしい。好きな映画の話をすると「感想が薄い」、欲しい服を話すと「大学生じゃないんだから」と。
結果、彼女は会話相手の反応そのものに怯えるようになったのだろう。
彼女にとって目を合わせることは「話を聞いている」ではなく「お前の話は間違っている」というメッセージであり、頷きや相槌は共感ではなく「お前をブチのめしたいから早く黙れ」という意味だった。
パフェを食べ終え、容器のお尻に残ったソースをスプーンでほじくり出す。彼女はまだ話している。どうしよう、やることがない。
テーブルに置かれたポップに目をやる。マンゴーシャーベットがあるらしい。美味しそう。追加で頼むか?1000円もするのか。けど期間限定だよな。悩ましい。
「あ、スマホいじってていいですよ」
気遣いのできる素敵な後輩だ。ありがたく麻雀アプリを起動する。東風戦に挑む。
字牌を処理しながら、マンゴーシャーベットについて考えた。やっぱり1000円は高すぎるよな。けどアツアツの紅茶と食べたらたまらないだろうな。
同時に、今自分がどこに立っているのか考えた。僕は彼女と目を合わせない。相槌も打たない。彼女を慰めようとも役に立とうともしない。
傾聴はいらない。共感してほしくない。助言や手助けも不要。けど、誰かに話を聞いてほしい。
そんな彼女にとって、僕の位置はちょうど良かったのだろう。
無関心な態度がラポールを築くこともある。ケアの文脈で、互いに部屋の隅で転がって会話した経験を話してくれた人を思い出す。コミュニケーションの形は変幻自在だ。
「満足しました!帰りましょう!」
ドキュメンタルは終わったらしい。彼女はドロドロに溶けたパフェをかきこみ、音を立てて立ち上がる。勢いがすごい。
店を出て駅へ向かう。彼女はマッチングアプリにいい男がいないと愚痴る。僕は「そうなんだぁ」と得意の生返事を口からプカプカと浮かべ、やっぱりマンゴーシャーベットを食べておくべきだったかとぐるぐる考えていた。