#80 「親切にする」って、相手が「好きか嫌いか」とか、関係ないな🦩週刊ふらみんちゃん

tndr215
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公開:2026/2/8

①へとへとの話

先週からだけど、とにかく政治の話が目に入りへとへとになった状態で投票に行き、結果にまたぐったりした。大阪は同時に府知事も市長も選挙して、候補者がなんだこいつら…みたいなのばっかりで、もう何が何やら……😵‍💫やんなっちゃうよ。

自分褒めの話。木曜日に普段はあまり話さない同僚とわたしの2人だけ出社していた。その人も大阪市内一人暮らしで、「選挙の話していい?府知事選も市長選も候補者がヤバいのばっかりでマジでイヤ〜😩」って言ったら「そうなの?選挙行ってるんだ、えらいね」という反応だったので「いや、府知事・市長選は置いといて今回の衆院選は行ったほうがいいと思う。憲法が変えられるかもしれないし、戦争されたり、こうやって選挙があるのも最後かもしれないヤバい感じだから…」と聞きかじりながら伝えた。そしたら「え、いつだっけ?今週末?」「明日明後日に期日前で行くか、当日の昼休みに行くか…」みたいな具体的な話になり……本当にその人が選挙に行ったかはわからないけど、とりあえず「興味のなかった人に意識させた」ことはえらかったなーと思った。えらいね。

②ジャーナリングの話

先週号のジャーナリングについての内容に感想レターくれた方、ありがとうございました❣️あれは日々のジャーナリングについて書いたけど、心に負荷がかかったときのリリースとしてのジャーナリングのことも、書くか…どうするか…。(興味がある人がいればウェブボとかからメッセージください)

でもリリースのためのジャーナリングは「書いたほうがいいってわかってるけどなかなか書けない」ことがあるのがネックなんだよなー。膨大な思考と感情の前に竦んでしまうというか、最初の1文字を書くのに苦労する。特にこのゴチャゴチャした中に眠っている「本当のこと」から目を背けたいって気持ちがあると、うまくいかない。「本当のこと」とは自分を守るため見ないふりをしている傷だったり恥だったり、そこに何もない…「ない」という事実だったりするし。少しずつでもここを癒す・向き合う方法って何かあるのかなぁ…と考えたりしている。

逆に24年、和田さんの引退&イヤな匿名メッセージに対してジャーナリングしたときは、この膨大な負の感情の向こうにある和田さんを愛してきた21年間(当時)を決して見失いたくなくて、3日くらいかけて必死にA5ノート10ページに渡っていろんなことを書いた。このときは本当に、いろんな過激なことも考えたけどそれをまずノートに書く、どんなに非人道的なことでも、実際口にしたりSNSに書いたら大変なことになるようなことでも、ノートの中なら絶対に誰にも裁かれない場所だからって思って、検閲せず書いた。ノートの上には法律も倫理もないとは、そういうことです。

③セルフカインドネスの話

「人から見られる自分」の理想というか、「自分とはこうありたい」というセルフイメージは大なり小なり誰にでもあると思う。「優秀・金持ち・美人・賢いetc.と思われたい」とかそういうキラキラなやつじゃなくて「身近な人の露悪的な悪口を言わない」とか「根拠のない噂話に加担しない」、「他人を見下さない」とかその程度の。なんだけど、その気持ちが強くなると余計に「こういうことはあんまり口にしたくないな」とか、思うわけ。それは過去に自分自身が他人からそういう言葉をかけられたり、そういう話をしている人を見て「うわ、イヤだな」と強く感じると余計に強まる。

それと同時に、「あなたはこういうことを言わないところがいいね」と他人から褒められたり、好意的に受け止められたりして、「嬉しい」と感じれば、「これからもそうあろう」と学習してしまう。それが意識的でも無意識的でも。

それが続き、「こういうことを言う自分は違うな」と思うと、なかなか人に言えなかったりして、感情が解放できなくなってしまうんだよね。思うことは自由なはずなのに、言わない選択をする自分は悪くなくても、自家中毒みたいになって苦しくなってしまう。だから、ノートの上ではそういう「こういうことを思ったけど、人に言うのは違うかも」って放電を日々素直に書いたり、溜まってきたら解放させたりすると、ちょっと楽になってくるなーって思ってます。心理学的にも効果あるらしいし、こういうの。

「自分を大切に」とか「自分を愛する」とか言われても、自分のことが好きじゃないから無理だよ!って、昔のわたしは思っていた。けど、「セルフ・カインドネス」として「親切にする」って、相手が「好きか嫌いか」とか、関係ないなって思う。目の前で子供がこけて、明らかに痛そうなのに涙を堪えてじっとしてたら、いくら普段「子供は苦手、嫌い」と思ってる人でも「いや、足元見ないのが悪いでしょ」って冷笑して無視は、さすがにしないじゃないですか、人として。さすがに「大丈夫…?」って思うし、周りに親はいるか?とか、他に誰かいないか?って助けようと動こうとする人間でいたいじゃないですか。そういう気持ちで自分を眺めることが、大事だったのかなぁ…と近年、思っています。

かなりつらつら書いてしまった。例えも合ってるかわからんし。

わたしのセルフカインドネスの1歩は、ティーカップやポットを温めてから紅茶を淹れること。別にお湯が沸いてすぐにカップに注いで適当にティーバッグを放り込んでも紅茶はおいしいんだけど、自分のためにあえてカップやポットをあっためてから紅茶を淹れると、自分に親切にしてるな〜と感じる。ストレスが大幅に消えることではないし、毎回はやらないけれど、やればその瞬間は「自分に親切にしてえらいね〜」と自分褒めが生まれるのがいいなと思うのであった。

@tndr215
なまえ・ジャンル:ふらみんちゃん(17)ところにより天瀬ちゃん インターネット17歳をしています おしゃべり大好きオタクsizu.me/tndr215/posts/5insomdbriwu