『劇場版ハイキュー‼︎  ゴミ捨て場の決戦』感想

tnsugui
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正直、アニメでじっくりじっくり描いて欲しかった試合だったので90分では少々物足りないのではと心配していた。実際削っているシーンも多い筈だが、それでも劇場で観る良さが詰まっていた。いつまでも観ていたい試合だったので感想を残す。

作品HP:https://haikyu.jp/movie/

何と言ってもまずは臨場感がある。実際のバレーの試合を観ているような感覚。カメラワークが選手の視点になったり、床になったりネットになったりするが見辛くはない。客席から見る俯瞰視点と、ボールがスクリーンの端から端まで物凄いスピードで打ち抜かれる選手に近い視点の違いでずっとドキドキしていた。どんな台詞があるかも結果がどうなるかも分かっていても、固唾を飲んで試合の行く末を見守ってしまった。

私が『ゴジラ -1.0』を劇場に観に行け!と言うのはゴジラの恐怖や迫力を存分に味わう為だが、ハイキューを劇場に観に行って欲しいのは現地で試合を観戦しに行く感覚を味わえるからだ。あの場の観客は皆本当に烏野高校バレー部と音駒高校バレー部の試合を観に行ったんだと思う。いいから映画館行け!

私の好きな学校は青葉城西だし、好きなキャラクターは岩泉一だし、音駒の事は勿論大好きだけど熱量のある感じの「好き」ではなかった。と、思っていた。でも、黒尾と孤爪の幼少期のエピソードを読んだ時はどの試合よりも泣いてしまった。翠風でヒューベルトの手紙を読んだ時と同じぐらい泣いた。知らず知らずのうちに黒尾や孤爪や音駒高校のことをこんなにも好きになっていたのかと驚き、らしいなあとも思った。声が付くとより一層、年相応で一生懸命な選手達の掛け声や励ましがリアルで生きているんだよな……彼らはよ……。

特に好きだった演出は、終盤の段々BGMもシューズのキュッキュ音も消えて孤爪の荒い呼吸だけ響いて、完全に孤爪の視点になるところ。低めの身長から見る高いネット、前には黒いユニフォームで威圧感のある強敵達、後ろには赤いユニフォームの仲間達が居て、レシーブで上がったボールでトスを上げる為に手を伸ばして、と完全にコートの中に立っている状態なのだ。周りの音が聞こえなくなるくらい疲れているけど楽しくて集中してのめり込んであっという間に試合が終わる、烏野vs音駒の劇的ではない終わり方がとても好きだった。その前の稲荷崎戦がドラマチックな試合終了を迎えただけに、彼らだけはずっとホームで練習試合をしている延長のようだった。

熱いシーンは山程あるし、ずっと鳥肌が立ちっ放しだった。でも試合が終わって少し放心した気持ちで「ああ終わっちゃったな」と安堵のような寂しさのようなものに浸りながら選手達の握手を見ていたら、病室のベッドで猫又監督と握手するように差し出した烏養元監督の皺の寄った手で瞬間顔がグチャグチャになってしまった。元々好きなシーンではあったが、こんなに楽しんで戦う選手達を見て、満足そうに笑う猫又監督を見て烏養元監督がどんな気持ちになったのかと思うと胸が一杯になる。

この作品の「手」の描き方も拘りが伝わってきて大好きだ。トスを上げる前と後、レシーブする時に揃えて重ねる指、ブロックする時の指先まで力が入っている様子、女の子の綺麗な手から年寄りのゴツゴツした手まで古舘先生はとにかく丁寧に描き分ける。そしてアニメも忠実にそれを再現する。手は顔の次に表情が出る部位だと思っているのだが、その考えはハイキューから来ているのかもしれないなと今気が付いた。

色々語りたいキャラクターの関係や台詞はあるが、中でも少しだけ黒尾の話がしたい。

黒尾は卒業後、日本バレーボール協会競技普及事業部の所属になる。高校生のミドルブロッカーとしては超優秀な選手なのだが、プロになる実力は無いと自覚していたのだと思う。それでも日本バレーボール協会の、しかも競技普及事業部という道を選んだその人間性が好きだった。本当にバレーが好きで、例え自分がプレーする側でなくとも何かバレーに携わりたいという気持ちが強くなければこの職には就けない。キャラクターは皆殆どバレーボールが好きで好きで堪らない人達で、日向と影山はその最たる存在だ。ただ、日向と影山は「バレーボールって面白い=だからプレーしたい」気持ちで生きていて、作中の日本代表の監督が言う「さあ 今日もバレーボールは面白いと証明しよう」の精神で生きているのが黒尾鉄朗なのだ。

黒尾が教えた徹底的なリードブロックを執拗に続ける月島に対する「良かった、間違ってなかったって思うんだよね」という台詞。月島の「ごく稀に楽しいです」という台詞。孤爪の「たーのしー」「俺にバレー教えてくれてありがとう」という台詞。

黒尾自身はバレーを楽しんで愛している一方で、あまり興味の無さそうな友人をバレーの道に引き摺り込んでしまった負い目のようなものが多かれ少なかれあって、バレーの面白さが伝わればいいなと考えていた部分があったのだと思う。それが春高全国の烏野vs音駒という大事な試合でアンサーを貰えた事が、きっと生涯の後押しになる。バレーを好きな気持ちに大小も優劣も無いんだけど、それでも登場人物の中で一番バレーボールを愛しているのは黒尾なんじゃないかと言いたくなる。それぐらい飄々とした立ち振る舞いの内に熱い心を持っているのが画面から伝わってきて、堪らない気持ちになってしまった。黒尾……自分が全力で楽しめるチームに出会えて良かったなあ……とよく分からない目線で感情移入をして書きながら今も少し泣いている。

入場者特典を開場前に貰って「どうしようかなこれ」と思っていたけど、映画の後に見たら危うく崩れ落ちて膝の皿を割るところだった。死んだ時は棺桶に入れて頂きたい。