『クレヨンしんちゃん アッパレ!戦国大合戦』感想

tnsugui
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公開:2024/5/20

邦画史上、最も考証学的に正しい戦国時代を描いたのは『クレヨンしんちゃん アッパレ!戦国大合戦』だという話を聞き、前々からおすすめされていた作品でもあったので無料公開の際に鑑賞。すっかり大好きな映画の仲間入りを果たしたので感想を残す。

すげ〜〜映画……

決して私は歴史に詳しい訳ではないし、時代考証が正しいかどうかの判別もつかない。物語として面白ければそれでよしという人間だが、戦描写にあまりにもリアリティがあって不思議な気持ちになった。

「金打」という聞き覚えのない刀の作法。槍の長さ。槍は刺すよりも長さを活かして振り下ろし敵を薙ぎ払う戦い方をしている。簡単には上り下り出来ない堀の急な勾配。投石のシーンなんて大河ドラマでもちゃんと描かれる事は少ないが、刀よりも断然殺傷率が高いと聞いた事がある。それぞれの兵の役割があり、鉄砲を撃って次の準備をするまでに矢を放ち、石を投げ……シンプルな絵のアニメーションとは思えない臨場感に感激した。性癖というのは相応しくないだろうが、足軽、武士、甲冑、火縄銃、蓑笠みたいなものに言いようの無い興奮を覚える性質なのでそういう意味でも凄まじい映画だった。

城下の描写や天正の時代を生きる人間の言葉遣いや衣服、限りなく忠実な設定の中に「野原家のタイムスリップ」というファンタジー要素が完璧に噛み合い、物語の面白さに直結している。

個人的には、ひろしが腹を括って車で敵を威圧するくだりがとても良かった。倫理的に人を轢き殺す事は出来ない、でも又兵衛達を助けたい、敵将の降参は求めるが首を獲る事までは出来ない。この映画を観ている現代人の感覚とずれが無い分、有り得ない設定なのに「自分が車でタイムスリップしてもこんな感じだろうな」みたいなよく分からない感情移入をしてしまった。一貫してひろしとみさえがしんのすけを守る親としてしっかりしていたのも、観ていてストレスが無かった。ガチ戦国時代を生きる武士の真向斬りから息子を守る一心で刀で受け止めるみさえ、ちょっと格好良すぎる。

あとは人間ドラマが非常に良かった。良いというか「好き」だった。

何と言っても又兵衛が魅力的だ。武士というには柔軟で声と表情が優しく、未来から来たと言うしんのすけ達に理解を示し、昔から密かに好いている女子の話になると滅法弱い。廉姫と自分の立場を弁え、想いを口にする事すら躊躇っている。それでいて戦では鬼と呼ばれ無類の強さを誇る。好きにならん奴がおるか!三十歳……そうですか……(萌)

廉姫の美しく聡明で、案外無鉄砲な部分がある所もとても好きだった。最後の廉姫が「あんなに人を好きになった事は無い」と言う素直さ、口を開けて笑った時の可愛らしさ、大変好きなお姉さんのタイプで序盤はしんのすけと一緒に「廉ちゃ〜ん♡」になっていたが後半それどころでは無くなってしまった。

大体私は芯の通った人間性と慎ましやかな恋情には弱いんだ。それに生死が関わって来るともう駄目だ。舞台は戦国だというのだから堪らねえ。

生死が関わって来るのが好きというのは、まあドラマチックだからと言ってしまえばそれまでだが、命がそんなに保証されていない状況で何かを守ったり何かを貫いたりするのに必死になる人間が格好良いからだ。そして死ぬ時はあっさり死ぬ事もある無情さもまた愛おしいと思う。春日の武士として土地を守り、殿と姫君を守るために奇襲を掛ける事も辞さない又兵衛の生き様が格好良くて好きなのだ。それはそれとして、戦に勝ったと思って油断させて銃声の後に馬の上で項垂れる又兵衛を描いたのは本当に畜生だった。しんのすけに刀を託した後の又兵衛の瞳が真っ黒になった時の血の気が引いた感覚。許さんぞ。

最後に「金打」の話がしたい。

櫓のシーンは当然話の肝の部分でもあるのだが、それにしたってあまりにも良いシーンだと思った。廉姫への恋心が隠し切れずに狼狽する又兵衛、しんのすけの「くいっ」を素直にやってしまう又兵衛、「では今度は武士の誓いをやろう」と言い出してくれる又兵衛、そして終始自分のペースで又兵衛を翻弄しながらも武士の重い誓いの作法と真剣に向き合うしんのすけの為人が表れていた。刀を突き立てて向かい合う構図には緊張感があって、逆光がドラマチックで映画的な画面になっている。

キンチョウと聞いても初めはピンと来なかった。検索して「金打」と書くのだと知った。この戦国時代に、プライドの高い武士も居るであろう中で、未来から来たというふざけた少年と座る高さを同じくして正面から向き合い、男同士の誓いを教え合う。年も性格も生きている世界もまるで違う二人が同じ意志を持った瞬間だ。もの凄いロマンが詰まったシーンだというのに、それがこんなにも静かに描けるものなのかと思った。

一本の映画としての構成から台詞、登場人物、その装備品一つに至るまで、全部大好きな映画だった。良い作品を知る事が出来てよかった。「堀さんはアッパレ!戦国大合戦好きだと思うな〜」と言い続けてくれたフォロワー、慧眼。