漫画原作の作品、しかもゴールデンカムイを実写化するのは無理だろ!と思いつつ、予告を観たら普通に面白そうなので観に行った。結構な大作だったので感想を残す。
とにかく「上手い事やったな〜〜!」という印象だった。原作を読んでいると何の話をどう2時間に纏めるのか全く想像できなかったが、1〜4巻ぐらいから作品全体の重厚さや大筋が分かる部分を抜き出して、ひとつの歴史物ファンタジーのような作品に仕上げた感じ。続編ありきの話だったがよく纏められていて、1本の映画としては満足度が高かった。
男の裸体とかチンポとかキャラ同士の愛憎交々感情とかそういうアクの強い部分を思い切って省いており(まだ原作序盤は割と薄いし)、北の大地の厳しさと野生動物の怖さ、アイヌ民族の崇高な空気感、第七師団の不気味さと土方陣営のハードボイルドな雰囲気を小出しにする。一方で、しっかりとアシリパさんに変顔をさせたり杉元と白石のなんかじわじわくるギャグのノリも味わえる。ギャグのテンポという意味では漫画と同じにするのは無理なので若干シュールな感じになっているが、それでもふとした瞬間の杉元の柔らかい口調やツッコミは誇張しなければこうなんだろうなというリアリティがあった。ゴールデンカムイのキャラクター達にただ全てがそっくりそのままな訳ではなく(いやそっくりそのままなんだけど)実在感があった。ネトフリのONE PIECE実写ドラマを想像して貰えると伝わるだろうか。
何より、一番心配だった山崎賢人が演じる杉元佐一をしっかり好きになれたのが良かった。予告で「俺は不死身の杉元だ!」を聞いた時に、これは割と大丈夫かもしれないなと思った記憶がある。戦闘の時はバーサーカーになり、アシリパさんと話す時は少し柔和さが混じる、初期の振り切れていないクールな杉元がそのまま存在していた。
映画の杉元は超動く。重装備で積雪の中を走り回り、ヒグマとの戦闘やら第七師団との追いかけっこやら、数分杉元が軍人と戦うだけのシーンが流れたりとアクションには凄まじい力を入れている。個人的には最初の203高地での鬼神の如き戦いっぷりと長い戦争描写がとても好きだった。どんな観客もあれを見るとちょっと姿勢を正すというか、実写化ねハ〜ンみたいな茶化す気持ちで観に来た客のツラを引っ叩く導入だった。
あとはアイヌの描写がとても丁寧。コタンの様子や身に付けている物、アイヌ語が自然に使われているところに不思議な心地良さを感じた。漫画だとアイヌ語と日本語が並んだ台詞で読者に意味が伝わるようになっているが、アシリパさんの台詞にするっとアイヌ語が混じると本当に聞き取るのが難しい。流れるように解説するアシリパさんの言葉を杉元の立場になって一生懸命聞き取って覚えようとする感覚がリンクするのだと思う。アシリパさんが死んだヒグマを解体する時に湯気が立っていたのが印象的だった。
コタンに着いてから、杉元がアイヌの人に囲まれたり、家の中で食事を取るシーンがある。アシリパさんが隣にいる時は字幕が出るが、アシリパさんが眠った後にフチが杉元に話しかける時は字幕が消える。だから字幕が無い時は観客もフチのアイヌ語の意味は分からないのだが、優しい話し方と「アシリパ」「杉元ニシパ」の単語だけは聞き取れるから、杉元も「アシリパさんは愛されてるんだな」というニュアンスを受け取ることができる。この作品の実在感というのはこういうところだと思っていて、作品が観客の方を向いているのではなく、杉元の視点で北の大地やアイヌの人間を見ている気がする。枝で作った弓やメノコマキリは使い込まれ、コタンの中では干した魚や調理道具が壁に吊られていてアイヌの人々がここで生活している様子を、新鮮な気持ちで眺める杉元と同じように肌で味わえる。
原作者の野田先生はとにかく資料集めに熱心で、取材のために休載することもたまにあったのだが、映画でもそういう「描写に手を抜かない」スタンスがきっちり感じ取れた。私は全然軍のあれこれやアイヌ云々に詳しくはないので正誤は判断出来ないが、嘘でも面白けりゃ良いというよりは世界観と現実の時代背景の齟齬を失くすための努力は尽くされているように感じた。野田先生は漫画の背景に風景写真をモノクロ化してそのまま使っているが、それにしたって北海道の木の枝の形とかが漫画と映画で同じだったりすると不思議な気持ちになる。
原作で後々活躍するキャラも本当に魅力的だった。第七師団の小樽拠点に囚われた杉元を鉄格子から滑り込んで助けに来る白石、最初に明確な敵として現れる不気味な切れ者っぽい(「片腕だけに」ギャグはカットされていた)尾形、渋い声と立ち姿が格好良すぎて笑ってしまう土方、娼婦を投げ飛ばした時に空中でスライドして行ったのが忘れられない牛山、和田大尉の指を噛みちぎり逃げる杉元を馬から落ちてもシャカシャカ走りで追いかけて来る鶴見、まだムチムチ感が無い谷垣、ヒャッハー系二階堂、熊に惨殺される描写が妙に丁寧だった玉井岡田野間。ずっと「あなたたちは救われたじゃないですか」みたいな顔してる月島。CGのヒグマも死ぬほど怖い。初見の人は映画として楽しめるし、原作読者は初期の頃を思い出してア〜こんなだったな〜!と楽しむこともできるだろう。母親と観に行ったので怖々感想を聞いたら「鶴見がイカれてる……」と言っていて面白かった。
エンドロールの前にキャストだけが紹介される特殊EDみたいな映像が流れるのだが、それがすごく格好良い。北海道の地図がザラッと金の砂になって崩れ、作品に登場する物を形作ってはまた砂状に崩れる。鶴見役の「玉木宏」の字が出て来た時に金の額当てが現れたのは脳汁が出た。初登場時に「篤四郎」の名前が出てしまったのは少し勿体無い気もするが、長い連載の中で分かっていなかった名前が公開されて漢字や字面に阿鼻叫喚するのはオタクだけなので別に良かったと思う。その後に続編(WOWOWでドラマ化らしい)を想起させる囚人達が沢山映って飛び上がりそうになった。
正直、実写化が発表された時は本当に嫌だった。あの混沌とした作品を1本の映画に纏めるのは長さ的にも不可能だし、キャラクター達の顔造形も立ち振る舞いも個性が強く、どの話も繋がっているから切り取れないのに何を映画にするのかと思っていた。
毛嫌いしてほとんど漫画の実写化映画を観たことは無いのだが、安っぽくて脚本がめちゃくちゃだという世間のイメージを覆す作品だと言って良いと思う。この映画なら観たいシーンは沢山ある。茨戸編、奉天会戦、網走監獄脱獄編、他にも辺見ちゃんとか岩息とか尾形vsヴァシリとか、スクリーンで息が詰まるような激しい戦いを観てみたい。自分の好きな漫画の実写化でこういう感想を抱けるのは幸せなことなのだと思う。
ストーリーを理解するには少し早足だし、原作の毒々しさやパンチの強さがどの程度実写で許されるかは分からないが、『ゴールデンカムイ』という作品の入口としてはすごい映画になっている。ヒグマに殺されたいなら行け!