コンタクトレンズの帳尻が合わない。
私はひどい近視(とささやかな乱視)のためにコンタクトレンズを常用している。使い捨てのソフトレンズで、2週間で交換するものだ。
以前知人が「2weekレンズ1ヶ月くらい使ってる!」と言っていて心の底から驚いた。
確かに2週間経ったらコンタクトレンズが爆散するわけではないので、理論上は可能だと思うのだが……、2週間と言われて2週間で交換することしか考えていなかった己の浅はかさを恥じた。
しかし悲しい性というのか、やはりその後も私は2週間でコンタクトレンズを交換し続けている。コンタクトレンズの奴隷。角膜の犬。
さて、2週間で交換するものを本当に2週間で交換するためには、「2週間」を管理しなければならない。
毎週末ではなく隔週というのが曲者で、覚えていられないのでスマートフォンのカレンダーアプリに入れている。
「隔週日曜日: コンタクトレンズ交換」である。
1ヶ月ほど前、処方箋の期限がきたので眼科に行った。1年間、処方箋が切れるまでコンタクトレンズを送り続けてくれるサービスに加入しており、処方箋の期限切れとはすなわちコンタクトレンズの枯渇なのだ。
眼科では、サービス?で新品のコンタクトレンズを一揃いくれた。それが"月曜日"のことだ。
つまり、2週間の評定が"日曜日"ではなく、"月曜日"からになるということである。
まあ±1~2日は誤差として無視し、これまでのルーティンを続ければよいのだが(今まではそうしていたはずだ)、このとき何かがおかしくなり、それからコンタクトレンズの帳尻が合わない。
コンタクトレンズ交換のスケジュールはこれまでのように隔週日曜日に入っているのに、交換した記憶がないのである。
先日なんだか目が変だなと思って記憶を辿ってみたところ、どうやら15日使っているようだと気づいた。"水曜日"のことだ。
つまり、スケジュール通りなら日曜日に交換していなければいけない(本日は17日目であるはず)のに、前回は"火曜日"に交換したということだ(記憶にない)。
そもそも定期的にコンタクトレンズを送りつけてくるサービスは、だいたい1年間で使い切れる量を送ってくれるはずなのだが、どうもこの3ヶ月ほど新しい箱を開封していない。
どこかで14日以上、それもかなり14日以上使っていないと帳尻が合わない。
「2weekコンタクトを1ヶ月使っている知人に驚いた」と書いたくせに、とっくの昔に自分も1ヶ月使っていたのかもしれない。
コンタクトレンズ界のアナーキスト。角膜を統べる英雄。
もう今が10日目なのか14日目なのか21日目なのかわからない。スケジュールが意味をなしていない。ここはどこ。私は誰。あなたは誰?
中島敦の「名人伝」という短編がある。中国戦国時代、弓を究めようとした紀昌という人間の話である。
この短編は大きく前半と後半の2つに分かれ、前半では紀昌が師匠について、弓の技を究める様子が描かれる。ジャンプ漫画の修行編。
ところが後半になると様子がおかしくなってくる。弓の名手となった紀昌は、師匠に勧められ大家と呼ばれる老人の元へ行く。
老人曰く、紀昌が得意なのは所詮「射之射」。天下一となるためには「不射之射」を知らなければならないのだという。不射之射には実体としての弓矢は必要ない。
老人の元で修行を積んだ紀昌は、不射之射を体得し、なんと弓矢を捨ててしまい、顔つきも変わり、「我と彼の別、是と非の分」すらわからなくなる。
それどころか、最終的に弓矢を忘れてしまうのである。
ある日老いたる紀昌が知人の許に招かれて行ったところ、その家で一つの器具を見た。確かに見憶のある道具だが、どうしてもその名前が思出せぬし、その用途も思い当らない。
……
相手が冗談を言っているのでもなく、気が狂っているのでもなく、また自分が聞き違えをしているのでもないことを確かめると、彼はほとんど恐怖に近い狼狽を示して、吃ながら叫んだ。
「ああ、夫子が、――古今無双の射の名人たる夫子が、弓を忘れ果てられたとや? ああ、弓という名も、その使い途も!」
中島敦「名人伝」
私ごとき、「技」の修行としてはまだまだ初期段階ということだろう。
コンタクトレンズをコンタクトレンズと思っているようでは所詮「コン之コン(こんのこん)」。コンタクトレンズの交換時期を忘れるくらいでもまだ足りない。
私はコンタクトレンズが一体何なのかわからなくなり、そこで初めて「不コン之コン(ふこんのこん)」を得ることができる。
コンタクトレンズと自分が一体となり、数km先の雫の落ちる様、落ち葉の色、蟻の歩みを描写することができるようになる。
コンタクトレンズの交換って何?
眼内にコンタクトレンズを半永久的に挿入する、ICLという手術がある。
交換がいらないらしいので、最近はこれが気になっている。