ささやかな賭けの話を書く。
ベランダで、昨年からブルーベリーを育てている。このブルーベリーについてはすこし紆余曲折があったのだ。
いや、さほど曲折はしていないかも。
微曲、くらい。
住んでいる自治体で植物の配布事業をやっている。
植物の配布事業?よくわからないけど、とにかく、何かの節目 (出産や転入など)に植物をもらえる。おもに低木や高木など。
家の庭などに植えて、シンボルツリーにしてください、とかそういう意味なんだと思う。
コデマリ(花がかわいい木)、モミジ (葉っぱがかわいい木)、オリーブ (葉っぱがかわいい木、実もある)などいくつかある中で、絶対にブルーベリーをもらいたいと思った。
わたしのベランダには食用か、それに準ずるハーブなどの植物しか植わっていない。レモン、ローズマリー、セージ、ラベンダー、ローズゼラニウムなど。
植物デッキのコンセプトは基本的に「食べられるかどうか」。次点で「なんかいい匂いがするかどうか・虫を呼ばないか・手間がかからないか」である。
花には正直、あまり興味がない。
いつかベランダを実とハーブでいっぱいにし、魔女のごとく、なにかよくわからない煎じ液などを作りたい。
ブルーベリーは最高である。何しろ食べられる。その実も黒くてかっこいい。魔女っぽい。
絶対にこれだ。ブルーベリーだ!
そういうわけで、ブルーベリーを選択し、電車で5駅くらいのJAに行って苗木をもらってきた。
結構風の強い日で、歩きも長かったので大変だったが、ブルーベリーは家に来た。
ブルーベリーの苗木は黒いポリポットに入って、ビニール袋に小さく入れられていた。苗木というか、小枝、という感じで今にも折れそうで、紅葉した葉が3つ4つついているだけだ(後にこの葉も散って、写真のようになった)。

一体この枝のどこに黒い実が実るのか、ぜんぜんわからない。
なんでも事前にあまり調べないたちなのだが(でも説明書はすごい読む)、大きな不安を覚え、初めてブルーベリーについて詳しく調べた。
これって本当にブルーベリーか?本当に実がなるのか?
そこで衝撃の事実が発覚した。
なんとブルーベリーは単体では実りが良くないらしく、違う品種がもう一本ないと実をつけないらしいのだ。
さらに難しいことに、ブルーベリーにはいくつか系統があり、違う品種とはいっても「同系統の」違う品種を選ばないといけないらしい。
なにそれ!?
もらってきたブルーベリーには特に但し書きもなく、一体なんの品種なのか、なんの系統なのかわからない。調べると3系統くらいあって、品種も100以上ある。一般に流通しているものならもう少し絞られるが、それでも驚くべき量だ。
私はすでにあるA系統のどのブルーベリーを選んでもよい。
しかし、B系統orC系統のブルーベリーを選ぶと、実はならない。
また、A系統の中でも罠がある。必ず1品種はハズレなのだ。
すでにあるA品種を選んでしまった場合、実はならない。
問題は、最初の系統と品種がわからないという点だ。
雑に系統を選んで絞り込んだとしても、運悪くA系統のA品種を買っている可能性がある。
「実がならない」を消去法に使えないのである。
もし私が買ったものがB系統であって来年実がならず、
さらに来年買ったのがC系統でやはり実がならず、
さらに次に買ったものがA系統のA品種であった場合……?
その確率は……??
頭が痛くなってきた。ベランダがブルーベリーだらけになってしまったらどうしよう。
自分が適当に買って博打に失敗した場合、悲しみのやり場がない。
こんなときの生成AIである。
家にきたブルーベリーの写真をとって、生成AIに何の品種か判定してもらうことにした。
「ぜんぜん見た目じゃわからないけど、配布事業ならこれかこれじゃないすか」という雑な推論をもとに、えーい!とラビットアイ系のパウダーブルーという品種を新しく買った。
それが昨年の秋のことだ。8ヶ月間、レースの結果を待つような心持ちであった。
伊坂幸太郎の「魔王」所収の「呼吸」には、1/10の確率を当てる能力を持つ人間が出てくる。名前を潤也という。
潤也はその能力を使い、競馬で持ち金を増やしていく。なにしろ1/10が彼にとっては1なので、レースの頭数さえ範囲内であれば確実に当てることができる。
「ゆっくりでいいんだ。ゆっくり少しずつ、賭けて、お金を増やしていくんだ。待つのは苦じゃない。七時間待って、鷹が一羽も出てこないことだってあるんだから」
伊坂幸太郎「呼吸」(「魔王」より)
潤也の場合は確実に当たるとわかっている賭けを少しずつ、少しずつ重ねていくのだけれど、私の賭けは普通に外れる可能性がある。
しかも8ヶ月かかる。
これは賭けだな、と思って潤也のことを思い出したのだが、比べるのもおこがましい期待値である。
「呼吸」を読み返して、どちらかというと「7時間待つ」のほうがいまの私に近いなと思った。
潤也の職業は猛禽類の調査である。
彼は「呼吸」という中編小説の内で仙台に住み、里山のなかで鳥の飛行経路を調べる仕事をしている。猛禽類は7時間も8時間も待って、1羽も見られないこともある。
彼はひたすら空をぼうっと眺め続ける。
私も8ヶ月、ぼうっとブルーベリーを眺め続け、紅葉した葉がすべて落ちるさま、裸の枝だけになったさま、芽のようなものがふくらみ、だんだん芽だと確信できるようになるさまなどを見守った。
1粒も実らないかもしれないが。
冬が終わり、春が来て、初夏になった。
枝だったブルーベリーには嘘のように葉が芽生え、蕾がふくらみ、白い可愛らしい花が咲いた。
花は次第につぼまり、だんだん赤くなり、えっ、赤……?そして……

これは昨年の私のささやかな賭け、そして勝ち、の記録である。
ブルーベリーは木の実の味がした。