りんごが煮えた鍋を見ながら書いている。
りんごを煮る時にはレモン汁を入れる。
どこのレシピを見てもだいたいそうなっているはずだ(りんごが酸化して茶色くなるのを防ぐのと、甘さを引き立たせるためだと思う)。
ただ、レモン汁がなかったので、先ほどどばどばとライムジュースを入れた。
数年前から家にレモン汁がなく、「レモン汁」と書いてあるレシピを全部ライムジュースで代用している。
あとついでに宣言すると、小さじ2とかも測るのが面倒なので大さじ2/3で測っている。
ややもすると、小さじ1/2を大さじ1/6で測ろうとしているときもある。
360÷6=60だから、大さじの円を60°で割れれば1/6が測れるはずだ。見えない正三角形を大さじに見いだそう。じっと手元を見つめる。
小宇宙(ミクロ・コスモス)……。
大さじ頼みでやっていっているようだが、そのわりに「ケチャップ大さじ2」とかは面倒なので直接どば!どば!でなんとかしている。
小宇宙のいともあっけない崩壊である。
どば!を旨としているが、やはりお菓子作りはそうもいかない。
すこし専門的なお菓子作りのレシピを見ると、卵さえもグラムで量る必要があり、じっさい確かに卵の量でできばえがちがう。たとえばプリンなどの簡単なお菓子でさえそうである。
私はレシピ本を読むのが大好きなのだが、大切にしているケーキ作りの本のひとつに「生地を混ぜる方向と回数」までもが細かく指定されているものがある。
卵白と粉類を合わせたら120回、焦がしバターを加えてさらに100回以上混ぜます。
「小嶋ルミの決定版ケーキ・レッスン」フィナンシェ(p.25)より、小嶋ルミ、2011、柴田書店
すごいなと圧倒されると同時に、やっぱりお菓子作りはこうでなくっちゃ、と思ってうっとりする。
ほんとうに美味しいお菓子を食べると一体なにがどうなって口の中がこんなことになっているのか、わけがわからなくなる。
口の中のある味を見つめようと思うと、食感が同時に感じられ、脇から香りがしてくる。読めない言葉で話しかけられているような気がする、何かを思い出せそうな気がする。
そんな魔法のような食べ物を作るのが、簡単でいいわけがないのだ。
こんな食材を!?というような食材を使っていてほしいし、知らない砂糖を3種類くらいブレンドしてあってほしいし、120回、いや500回混ぜると書いてあっても納得するかもしれない。
お菓子作りを極めることは、「雑」とか「詰めが甘い」とか言われ続けてきた自分にとって、手の届かない精緻なオルゴールのように思える。
さて、アップルパイだ。
りんごをどば!とライムジュースで甘く煮て(邪道)、全卵を使うカスタードクリームを炊いた(おそらく邪道)。ちなみにカスタードクリームの砂糖はグラニュー糖がなかったので三温糖にしたし重量は大さじで測った(三温糖は大さじ1が大体9g)。茶こしがないので薄力粉は味噌漉しでふるっている。バターは10gを目力で"読んで"切った。もうめちゃめちゃである。
しかし、つやつやと茶色に光るりんご煮と、とろりとあたたかいカスタードクリームが弛む様子を見ると夢見心地になる。まるで自分が惑星でも作り上げたかのような気持ちになる。
明日は彼らをカスタード・アップルパイに組み立てるのだ。
りんごの煮たのを一口食べると、ライムの味がうっすらと駆け抜けていくような気がする。
光る彗星のように、すぐ見えなくなっていく。