自分とVtuberとの出会いより少し前、大学に入学して最初の授業について。
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ただでさえ天井の高い建造物の2階層分をぶち抜いた、吹き抜けの大きなギャラリー。まだ互いに顔と名前の一致しない大勢が、身一つで集められた。1時限目の必修科目、教授を除いて場の全員がどちらかと言うとまだ寝ている。
「今から全員で大縄跳びをします。ただし、縄は無しで」
穏やかな笑みをたたえて、教授は言う。けしてクリアとは言い難い音質のマイクを通して話すものだから、何度説明しようにも余計によく分からなくて、恐らく同じ内容を何度も繰り返していたのを覚えている。
一先ずやってみよう、と、手を引かれる弱気な生徒が1人。周囲が生贄に対する視線を送る。進んだ先の空間の中央で、教授は彼に大縄の一端を手渡すような仕草をしてから「ほら、もっと離れないと弛んでしまうから」と、なんだか覚えのある距離をとる。彼は教授に促されるままにふるまい、それから2人は息を合わせて、腰を落とし、上体と腕を一定間隔で大きく動かし始める。
いち、に、いち、に、いち、に、いち、に、いち、に、いち、に、いち、に、いち、に、「ほら、誰か、はやく、入って」怪訝な顔の大勢が、半ば強制的に同じ世界に誘われる。2人を中心に円になっていた個々が、次第に列を成して、いわゆる8の字の軌道を描いていく。縄が地面を叩く音は聴こえない、地を踏み切る音と着地する音が繰り返す。その8の字は、長い間途切れることなく続いた後に、教授の体力の限界と共に一度目の終わりを迎えた。
「大縄は回す人がいちばん大変なんですよ。次は僕らも跳びたいので、そこの2人で回してください」
選手交代。いち、に、いち、に、いち、に、いち、に、「ほら、ちゃんと回さないと。今の人なんか引っかかりそうになってたでしょう」いち、に、いち、に
慣れは遊びを生む。お調子者が回って、仲良し二人が手を繋いで、挑戦者は難易度の高い回し手のより近くで大きく跳ねる。それから、列の最後尾に着いた教授の順番で、彼は大縄の中心でピタリと静止する。
8の字の流れは二度目の終わりを迎え、それまで大きく動き続けていた回し手の動きにも急ブレーキがかかった。教授は全員の注目の的となって、直立不動で話す。
「今僕がここで立ち止まったことで、皆さんが跳んでいた縄が消えましたね。想像力とはこういうものです。何でも生み出せる。一方で、少しの刺激で簡単に崩すことができる。皆さんはこれから想像をかたちにする方法について学びますが、この弱さについて知っていてください」
他にも沢山のことを話していた気がするが、あのマイクと空間の反響を通して聞き取れたのはこの位だった。
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いつ、自重で割れても、自らの体温で溶けても、隣人の咳ですべてが吹き飛んでもおかしくない薄ら氷の上にずっと立っている。そんなわけはなくて、もっぱらフローリングの上に立っている。存在しない氷の上で、見えない縄を跳び続けている。