とんでもなく物騒なタイトルから始まったけど、いま現時点の僕は肺ガンも何もなく、健康体。ご安心を(そもそも心配してねぇか)。
今年、つまり2023年の一月下旬に、会社の健康診断で言われた。
お医者さん「あのー、ちょーーーっと気になる影がですね、レントゲンにありましてーーーんーー」
詳しく聞いたところ、決定的に何かの病気だと言えるほどのものではない、と。無視してしまっても良いといえば、良い。だけど、僕の場合は今の会社に勤めて3年になるので、この病院に過去の健康診断の履歴が2回(2年)分あると。過去2回はまったく写ってなかった影が、今回は写っている。それが少し気になる、と。
お医者さん「悪性の疑いがあり精密検査が必要かどうか、医師チームで検討しますね。結果は、健康診断結果の中に記載しておきますので、郵送されたらご確認ください」
健康診断の結果はだいたい一ヵ月後になる。かくして、僕はここから一ヵ月の間「肺がんの疑い」というものを渡されたことになる。
ちなみに実際はもっと長い。
一ヵ月後に健康診断結果が届いて、やはりそこには「肺に影(結節影)がある。精密検査を受けるべし」と書かれていたわけだけど。すぐにその病院に電話して「はい、ではいつ来院されますか?」とまずは予約からになる。
予約して、ようやく精密検査を受けられるのかと思ったら、問診でひと通りデブと言われた後に「では、一番お気になされていると思う、レントゲンの影のお話ですね」と言われて。「やはりちょーーーーっと気になるので、精密検査をお受けください。では、このあと受付でMRIの予約をお願いします」
なんと、まだこれから精密検査の予約をするのであった。
別の専門的?な施設を翌週で予約し、MRI検査なるものを受けた。よし、これでやっとわかる。
専門施設「では、結果は病院の方にお送りしておきますね。だいたい1週間後には届きます」
まだあった。
ワイ、いつになったら結果を聞けるの。
で、その翌週また病院に行って、結果的に何もなかったと。
結局僕は、1月の健康診断から約1.5ヵ月の間「自分は肺がんかもしれない」という疑惑を抱え続けたことになり。
それはそれはもう、辛かった・・・ということもなく。いや、たしかに狼狽した。「ぼく、がん治療するのかな。っていうか死ぬのかな・・・」とは思った。一晩だけ。健康診断の当日は不安になったけど、翌日にはもうほぼ忘れてた。
「まあ、しょうがないか」
と思ってしまって。僕には嫁も子供もいない。だから、僕が死んでしまうことで、日々の生活に困る人、というのはいない。別に誰も困らない。もちろん、友だちも家族もいるし会社の仲間だっている。親だってまだ健在だ。しかし、とはいえ人はいつか必ず死ぬものである。絶対に死ぬ。それが50年後か10年後か来年かの違いであって、死ぬときは死ぬ。それも3歳とか5歳とか世の中の何も知る前に死ぬのではなく42年も生きてきた上での話で。まあ、人生を楽しんだと言えば楽しんだ。そう言えるだけの長さはあったわけで。
じゃあ、まあ、しょうがないかと。
何話まで続くか教えられてない連続ドラマが、90話ぐらいはあるかな?と思ってたら42話だったと。まあ、それならそれでしょうがないじゃん、と。もともと何話まで続くかの確約なんてなかったんだから、その割には40話を越えられたのなら、まあ良かったのではないかと。最高ではないが、まちがいなく最低でもない。5話打ち切り、とかでもないし。
そう考えると、まあ、いいかと。
僕が死ぬことで悲しんでくれる人はいるだろうし、悲しませることはとても申し訳ないけれど。しかし、物理的に誰かの生活が困るわけではない。簡単かつ雑に言えば僕が死んだところで大して誰も困らない。じゃあ、まあいいかーと思って。
だとしたら、もう考えてもしょうがないなと思ったんですよね。
まー、死んだら死んださ。そのときはそのとき。今あれやこれや考えたって自分にはどうしようもないのだし、幸いガン保険には入ってるからそのへんでもなんとかなるだろうし。最悪、親には何かで迷惑をかけるかもしれないが、まあそれはもう、アンタ方が製造したモンが産んだ迷惑やから。引き受けてくれと。すまんけども。
結果、僕は肺がんの疑いがかかったその翌日にはもうゲラゲラ笑って酒を飲んでおりました。
ひどい。
我ながらひどい(笑)
いや、僕はたぶんかなりメンタルの強い方で。
この記事でも書いたようなところとか。
でも、まあ、異常だよなと思います。
なかなかこんなメンタルは持てないし、むしろ持つべきではないと思う。
「自分はちょっとおかしいのだ」
と思うぐらいでちょうど良いのかなと思ってます。
少なくともこんな異常メンタルを、他人にまで押し付けて求めちゃダメですよね。
ま、でも、僕自身はそんな自分で良かったと思ってるんですけどね。生きてて楽しいから。