日曜日。
相変わらず生活習慣は乱れ、朝11時頃にお布団の中で重い手をiPhoneに伸ばすと、画面にLineの通知。
まだしっかりと開いてない目で確認できた文字は
「おじいちゃんが亡くなった。起きたら連絡してください。」
連絡は母から。
大した働いていない頭で、とりあえず与えられた命令をこなす。
電話越しの母は落ち着いた様子で、事務的に葬儀と通夜の日程を伝えてくれた。
そうか、亡くなったか。覚悟は何となくできていた。時折くる父からの電話で、お爺ちゃんが既に胃へ直接栄養を送っていることや、コロナに感染して経過がよくないことなどは既に知っていた。
コロナの流行により見舞いの順番が孫まで回ってくるのは相当遅く、結果生きているお爺ちゃんに会うことはかなわなかった。
コロナの流行は、大切な人との別れまでの時間を、酷く簡単にすっとばしてしまう。
最後にお爺ちゃんにあったのは、お盆で実家に帰った時だったか。
ずっと寝てなきゃいけないくらいに足が弱っちゃったお爺ちゃんはベッドで寝たきりだった。エアコンなんてない部屋があまりに蒸し暑かったので、扇風機を持っていくと、「いらないからそっち持ってけ」といって聞かなかった。
お盆の墓参りを終え、実家の前で親戚一同BBQをしていると、薄暗い中で肉を焼き続ける我々が許せなかったのか、手すりをしっかりと握りしめながらお爺ちゃんが出てきて、ライトの位置を調整して、「ほら、明るくなったべや」と言って帰っていった。
思えば優しい人だった。いつ帰ったって「今どんな仕事してるんだ?食っていけるのか?」と聞いてきて、少なくないお金を渡して帰してくれた。
IT関連で働いてるというと、「パソコンがうまくないんだ、見てくれ」って言われたけど、結果一度も見なくてごめんね。
小学校も後半になると、月謝袋を渡してくれて、月末に行くとスタンプを押してお小遣いを入れて返してくれた。お金をもらいに行くだけなのが、どこか卑しい感じがして、溜めちゃってごめん。
車庫の屋根の雪が気になって雪下ろししてそのまま落ちたこともあったらしい。たまにしか帰らないんだから、雪かきもっと手伝っとけばよかった。
思い出したら泣けてきたけど。
泣いたらすっきりした。
これまでありがとうございました。
どうか安らかに。