放送大学の新学期が始まった

夢前綺譚
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公開:2026/4/6

放送大学の新学期が始まった。学生として迎える春は、何だかいいものだ。今期の受講科目はこの3つにした。

グリーフサポートと死生学」は、これだ、と思った。父を亡くしてからだいぶ経つというのに、未だに喪が明けていないような気がしている。特に、これを書いている日曜の夜などは危うい。短くはなかった介護の日々のことを思い返していると、感情の大波に呑まれそうになる。そして謝りたくなる。だれに? 父に。

父親を亡くすという経験は、ほかのだれのものでもない、僕という人間ひとりだけの体験だ。しかし同時に、数多の先人が皆体験してきたことでもある。人類が生まれてから、何十億、何百億という「私」が、父親の喪失という個人的な体験を繰り返してきたのだ。そこにはきっと類型のようなものがあるだろう。喪失の後の感情の辿る道筋や、喪失と折り合いを付けていく過程には、先人の残した深い轍のようなものもあるに違いない。人類みなが体験してきたことだから、さまざまな研究や知見もあるはずだ。それを知りたかった。

老年看護学」もまた、これだ、とピンときた。受講科目を決めるために大学のサテライトセンターで印刷教材をパラパラめくっているとき、これは今まさに母のケアに必要なことだと思った。食事、スキンケア、排泄・排尿、リハビリ、認知機能、看護。これまで必要に迫られて場当たり的に学び、対応してきたことが体系的にまとまっている。医療の方面は、専門家が書いたものを読むに限る。つまみ食いのように身に付けてきた知識の答え合わせをしつつ、足りないところを補えるだろう。

一般市民のための法学入門」は、本来受講したい科目の予備知識として。当初は仕事とも関係してくる生成AIとの絡みで「著作権法」を学ぼうと思っていたのだが、SNSなどに上がっている感想を見るに、歯ごたえのある内容のようだ。法学をかじったことすらない自分では歯が立たなそう。「入門」で基礎的な知識を身に付けておいた方がよさそうだ。

しかしこう書いていると、放送大学の良いところは、自分の生活や人生のなかで折り合いをつけなければならない難問や、今まさに困っていることを、もう少し深く見つめられる点だとあらためて思う。生活と地続きのところにある学問。人生の問いについて、アカデミックに学べる生活。悪くない。

今期は欲張って3つも受講することにしたが、完走できるかどうか。印刷教材を読み、45分ほどの授業を聴き、関連することを調べ、また印刷教材に戻ったり授業を聴き直したりしていると、1コマで3時間はかかる(1科目につき全15コマある)。早くも焦っている。