表彰台より近い未来
今は分からないけど、両親は警察24時の類を好き好んで見る人たちだった
車上荒らしや痴漢、危険運転、酔っぱらいの乱闘、薬物
嫌だね〜バカだね〜怖いね〜
私は"なんと!男はここで卑劣な行動に出た…"みたいないやに煽ってくるナレーションが苦手で苦手で仕方が無かった
大体、まぁこれはコンプライアンス的な問題もあるんだろうけど日常にソッと潜むような軽犯罪ばかり取り上げてる所も嫌だった
いつ見ても市民の安全に警鐘を鳴らす内容には思えなかったし、加害者の感情を逆撫でするかのような演出、悪意で構成された番組に見えた
私の住まい周辺は狭い割に交通量多めの道が多い
何度か歩行者がいないかのように乱暴に走る鉄の塊に腹が立ち、信号も無い場所で目の前を横切った事がある
大袈裟に鳴らされるクラクション
どうせなんとも思ってないくせに被害者のように「わぁ!」と叫ぶ女の声
どう考えたって100%自分が悪いのに"うるさい!アンタらもこれぐらいの罪は重ねながら生きてるだろ!"とか思ってしまった
日常は煽りナレーションとモザイクを付ける事で警察24時と同じ構図であふれてる気がする
そして、自分の愚かさ故、加害者側のモザイクがかかる事もよくある
刑務所って遠いようで近い場所かも
思うんだ、万引きや窃盗みたいな軽犯罪を犯すのって"普通"を演じられなかった人、不運が重なった人、元は弱者と呼ばれる人たちなんじゃないかって
そんな私のヤクザ性も、絶対的な正しさの前では大人しくなる
ある日、やっぱり少々乱暴な歩き方をしてたら点字ブロックを頼りに歩く人とぶつかりかけた
それ以来、どんな時でも注意を払って歩くようになった
あと、人の善良さを感じると正気を取り戻す
これは悪いというか奇行に近い気がするけど、スーパーで買った惣菜をフードコートでもないただの備え付けのソファーに座って食べた事がある
警備員を呼ばれても仕方が無い行いをしながら、なんか文句ある??ぐらいの心情だった
そしたら3歳ぐらいの子供が私を見て「わぁ あの人なんか食べてる!」と言い、お母さんが「そうだね 一生懸命食べてはるね」と話してるのが聞こえた
その感じが「パンダが笹食べてる!」みたいな穏やかさを帯びていて私は一体何してたんだろう…と我に返った
看板や電柱にぶつかったら笑われるどころか心配されたり…こういう温かさや善意を受け取る度にしっかりしようと心底思うんです
日常に孕む愚行を払拭するのは純度の高い正しさや善意、欲を言うなら無意識の優しさであって欲しいな、とか密かに祈ってるって話でした
どこまで行っても他力本願
たまには生み出せ、善意に正しさ