血の味が好きだ。
くちびるの皮を捲る癖がある。ストレスからなのか、ただその行為が好きだからなのか、はたまた違う理由からなのかはよくわからない。たぶん、理由は一つじゃないけど。
今何をすべきなのかわからないときにくちびるの皮を捲る。
今すべきことが自分にとって苦しいものであるときにもやってしまう。
周りの人間が気持ち悪く思えるとき、目を背けるようにくちびるを触る。
何かをしなければならないという強迫観念、焦燥感に苛まれるときは、より激しくなる気がする。
そして何もできない、くちびるの皮を捲ることしかできない自分に落ちつぶれることで少し安心して、そんな自分に少しだけ悲しくなって、また皮をひっぱる。
しばらくやっていると血が出てくる。
最初は少し痛い。だけどあとは血を舐めることに集中すれば良いのだ。
何かを守るかのように血を流す。心の痛みはくちびるが代わりに受け持ってくれる。代わりに傷ついてくれる。くちびるが痛いときは、魂の痛みを少しだけ忘れられる。それは一時的なもので、だから私はまた繰り返す。
私のくちびるが傷ついたことで世界もほんの少し傷つく。そうして私はまだこの世界の住人であることを実感する。やり場のない感情が世界への憎しみに変わり、それが世界を傷つけたい欲求になる。自分が傷つくことでそれを達成する。
外見が傷つくことで釣り合いがとれたような気にもなる。出てきた血が舌に触れるとき、私がちゃんと傷ついていることを実感する。見えないところで渦巻いていた何かの一部が、表面化されたように思える。それが安心感になる。
私は血の味が好きだ。