アキ カウリスマキ監督の『枯れ葉』見てきました。良かった……! ほんっとーーに良かった……! 途中からネタバレします。まだこのあたりの文章ではネタバレはありません。大丈夫。以下、公式サイトよりあらすじの抜粋。
新作『枯れ葉』の主人公は、孤独さを抱えながら生きる女と男。ヘルシンキの街で、アンサは理不尽な理由から仕事を失い、ホラッパは酒に溺れながらもどうにか工事現場で働いている。ある夜、ふたりはカラオケバーで出会い、互いの名前も知らないまま惹かれ合う。だが、不運な偶然と現実の過酷さが、彼らをささやかな幸福から遠ざける。果たしてふたりは、無事に再会を果たし想いを通じ合わせることができるのか?
わたしはウィリアム アイリッシュという作家が好きで(代表作は『幻の女』とか『黒衣の花嫁』など)、自分の配偶者だとしても、身元のわからなさ、「こういうひとだ」と断言できない不確かさ、人物の輪郭のあいまいさがすごく好きなんだけど、それは1930〜40年代だからこそ成立するものだと思っていました。が、豊田徹也氏の『アンダーカレント』で、すごい! 21世紀で、この『人物の輪郭のあいまいさ』が成立している! と驚き、感動し。そして、2024年、今度はフィンランド『枯れ葉』で成立……! ふたりが出会う、でも、知り合ったわけではない、それほど自分の情報を相手に伝えていない、知らない状態で惹かれ合う。生活とか国際情勢とか、そういったことは揺るぎなく【現代】なのに、それほど相手のことを知らなくても恋愛が成立する、なんだか神話みたいだと思いました。
このあたりからネタバレっぽくなります。お気をつけください。これだけでも見て、この色彩の対照……!
とにかく、1カットが一枚の絵として完成されている。完璧。登場人物が、ただ椅子に座って、机に肘をついている、それだけでも、画家が精魂込めて描いた一枚の絵みたいでした。あと、色彩もすごい。背景は割と白っぽいとか、グレーっぽいとか、地味で(いや、カーテンとか、ぱっ と目を引く色があったりするけど)、登場人物のシャツの色、もう、ほんとに目が覚めるような原色の鮮やかさ。画面に人物がいなくても、サマになっている。主人公その1、アンサが勤めているスーパーのミーティングをする部屋。ただ、デスクと椅子がふたつ、そのデスクの上に乳製品の(ヨーグルトかな)のカップがひとつ、これだけなんだけど、もう完璧な一枚の絵でした。そういった人物のいない、部屋の一角とか、空と雲だけのカットが、どれも素晴らしい。静物画は、果物とか花を絵にしているわけですが、これはその逆かな、実際にある物を撮影して、その1カットが絵になっている(上手く言えてないなあ)。なんだかもう、本当に静物画をずっと繋いでいって一本の映画にしている、それを見ている、という感じでした。すごいぞ。
わたしは、生活がこんなに苦しい、大変なのは日本くらいだと思っていて、ヨーロッパなら、どこでも軒並み暮らしやすいんでしょう、北欧ならなおさら、福祉に厚そうだから生活って楽だよね、と思っていました。が、パンフレットにも書かれていました。日本人スタッフがカウリスマキ監督に「こんな(主人公ふたりの苦しい)状況、フィンランドにもまだある?」と聞いたら、監督は何も言わずににやりと笑ったそうです。あ、そうか、と思いました。この映画の舞台は、フィンランドであって、フィンランドではないんだ、どこの国でもいい、アンサはわたしだし、ホラッパはあなたかも知れない、そういう映画なんだ。
これに気づいて、あ、じゃあ、ウクライナの戦況を伝えるラジオのニュースも同じだなと思いました。フィンランドは一時期、ロシアに治められていたりしたので反ロシアというのは何かでちらりと読んだのですが(監督にそういう意識も少々はあるかも知れないけども)、舞台がフィンランドであって、フィンランドでないなら、ウクライナはパレスチナやシリア、イエメンでもあるんだろう。(と、思ったらこれもパンフに書かれていました)
冒頭でアンサがラジオを聞いていて、ウクライナの戦況のニュースから切り替えると、なんと、日本の『竹田の子守唄』が流れて来て。これもすっごく衝撃的でした。えっ、監督、この歌の意味、きっとわかって使ってるんだよね。それと、世界中でこの『枯れ葉』、公開されているわけだけど、この歌が日本のものだと、映画をぱっと見てわかるひと、どのくらいいるのかな、パンフに解説があるかもしれないけど、この歌の意味とか、頭の中で、ものすごくいろんな疑問がぐるぐるしました。パンフにこの歌を歌っているかた、篠原敏武氏のインタビューがありました。監督のご近所さんだそうです。篠原敏武氏はカウリスマキ監督の他の映画でも日本語の歌を歌っているとか。
いろいろあって再会して、ふたりでごはん。アンサがグラスにお酒をそそいでいる場面、ホラッパの左手がテーブルを とん とん と叩いていた。本当に【なんでもない】場面なんだけど、たまらなかった良かった……!
で、ちょっと気になったのが、ホラッパに上着を貸してくれるおじさん。「もう着ないから」って言ってた(ような気がする)。待って、どういう意味? サイズが合わないってことだよね! おじさんも幸せになってね……!!
ホラッパの友達のフオタリと、アンサの友達のリーサ、いいひと過ぎる。フオタリはいつかCD出そうな! リーサも! あなたも幸せになってね!! 幸せになってほしいのは、あの看護師さんも! あなたも幸せになってね!! あ、じゃあ、ネットカフェの店員さんも!
そして作中、最高of最高だったのが、監督の愛犬アルマ(役名ではない)でした。最高。アンサは職場に迷い込んだ犬を引き取り、一緒に暮らし始めます。家に連れ帰り、身体を洗ってあげて、同じベッドで眠る。ここのシークエンスは幸せ過ぎて、もうずっと見ていたい、終わらなくていい、などと思いました、最高でした。ネタバレ全開で書いていますが、この犬の名前と、ラストシーンは伏せておきます。今世紀最高のネーミングと最高のラストシーンです。ぜひ映画館で見て泣いてください。あと、ジャームッシュの“The Dead Don't Die”はぜひ見なければ。
これを見に行った時、フェルメールの映画も上映していました。あっ、時間が合えば見て帰ろ……(『枯れ葉』10時上映 フェルメール10時半上映 どちらも1日1回上映、はいどーもー)