https://trifoliumrepens-yotume.hatenablog.com/entry/2023/11/25/215053
こっちで、他人の息遣いや温度を数字として知覚するのが嫌だ!ってことは書き切ったのですが、
ここではその理由を人様の苦しみの記録をお借りして話そうと思う。
「犀利哥」というネットの有名人をご存知でしょうか。
ネットの有名人、といっても、配信者やクリエイターではありません。カメラ好きの一般人に撮られた一枚の写真がネットにアップされて、その写真から「イケメンすぎるホームレス」として有名になった被写体の人です。
彼の軌跡や顛末については調べればすぐ出てきますので詳細を知りたい人は勝手に調べていただくとして、私は彼に共感するんですよね。(といいつつ、私の知る彼は取材やネット記事を通していますから、幾重にも人の主観やフィルターを通しての認識でしかないのですが)
彼は、モデルとしての再出発を、社会復帰の転身を、沢山の人の熱狂からお膳立てされました。
けれど彼は、注目を集めることに耐えかね1日でモデル業を退き家族と暮らすことを選んで、それでもなお好奇の目に晒され続けることに苦痛を感じ、家族に行方も告げず再び路上生活に戻りました。
彼は、モデルを辞めるときの取材で体を震わせ涙を流していたそうで、家族と暮らしてからも精神科に通っていたそうです。
「なんでそんなもったいない!グズグズしないでモデルに専念して大金稼いで、いい女食って悠々と暮らせばいいだろ!」…とまではいかなくても、美という才能があるのに何故、成功の切符を掴んでいたのに何故、と思う人が多いでしょう。
でも、私は、どんな名声や富より最後には家族と一緒に穏やかに暮らしたいと望んだ彼に共感してしまうのです。
富も名声も成功も褒賞も全て最後は家族のため。
稼いだお金で美味しいものを食べよう、広くて綺麗な家で暮らそう、そのためのお金を稼ぐのに名声も成功も欲しい、家族に褒めてもらうため誇ってもらうために賞を手に入れるんだ。
彼の心の内は他人なんぞに、ましてやネットで知っただけのめっちゃ関係ない日本人の私に分かるわけがないんですけど、私はそういう価値観を持っているから、彼に自分を投影してしまいました。
華やかな世界より、巨万の富より、家族と幸せに暮らしたい。一番心から欲しいものは愛なんだよ。
で、主題に戻るんですけど、そういう至極小規模な世界にすっぽりおさまってぬくぬく暮らすことを幸せと思い夢見る私には、見ず知らずの遠い他人がつけた足跡なんて恐怖でしかない、って話です。