冬の海は

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公開:2025/12/10

昨年末に長崎に旅行へ行った。その年公開されたきみの色を観て訪れたかったのと、新設された長崎スタジアムシティが見たくて年末の鹿児島への帰省の途中で立ち寄ることにした。

昼過ぎぐらいに仕事を終え、雑用を済ませて空港へ向かう。長崎には夜に到着。この日は誕生日だったのでせめてケーキぐらい食べたいなと思い、でもコンビニで買ってホテルで食べるのもなんか趣がなかったので、夜でもケーキが食べられそうなお店を探してたらちょうどいい感じのバーを見つけた。お酒とスイーツが売りらしい。

ティラミスとハイボールを注文。スイーツとお酒を一緒に頼むことってなかったけどお酒の抜け感が甘い物に合って意外と良いかも。

カウンター横で常連の女性と店主が近況報告をしていた。明日の行動とかを考えつつぼんやり聞き耳を立てながらお酒をいただいていると、しばらくしたら二人から声をかけられた。

どこから来たのか、今日はどうしてここに、長崎でちゃんぽん食べるならリンガーハットで良いからそれよりもここのラーメン屋の炒飯セットを頼んだ方がいいetc... いろいろ教えてもらった。(翌日実際に食べに行ったのだがこれが結構美味しかった。)

旅程に一応軸はあるもののご飯周りはノープランだったのでとても助かった。

一通りおすすめを聞いた後、店主がヘッド博士の世界塔のCDを壁に飾っていたのに気づいてそこからしばらく音楽の話をした。

一人で過ごしても良かったけどこういう日に人と会話出来たのが有り難かった。

翌日はひたすら徒歩で街を散策。お昼時以外は地図は一旦見ないことにした。

至る所に十字架があると思えば少し歩けば坂の上から中華街が遠くに見える。住宅街の階段を登った先の小さいお寺に原爆関連の慰霊碑もあった。

新しく出来たスタジアムシティも圧巻で、大きく歴史が動いてきた街であることをひしひしと感じる。人慣れした猫について行ったらきみの色で出てきたロケーションに辿り着くという嘘みたいだけど嬉しい瞬間もあった。

今回長崎に来るのは7年ぶりで、当時最初に入った会社を辞めることを上司に切り出す直前だったので旅行に少し身が入っていなかったのもあり、改めてじっくり観光を楽しむことができて良かった。

この日の夜はその時宿泊したホテルに改めて泊まった。中庭があるのが印象的でお気に入りだった。寝る前に少し雨が降ってきていたので翌日の天気を確認して寝た。予報は曇り。どうかそのままの天気で明日を迎えて欲しいと思いながらベッドに潜る。明日は見たい景色があった。

朝方は小雨が続いていた。旅行最終日の予定はそのまま南下して実家への帰省のみなのでとりあえず熊本まで出て新幹線に乗るぐらい。熊本へ向かうルートは島原港から出るフェリーにした。

電車を乗り継いで雲仙の外周を回りながら港へ向かう。観光客や地元民が乗降する中、車内で勉強をしている学生になんとなくノスタルジーを感じていた。

小学一年生の頃の冬休みに熊本と長崎へ行く家族旅行の予定があった。この少し前に弟が急に入院となり、母親は弟の付き添いのためこの旅行は父親と二人での旅になった。旅行自体のディティールはだいぶ朧げになってきたが、帰路に着く車の中で見た曇天の海岸線にぼんやりと見えた陽の光線は、その時車内でかかっていた坂本龍一のYamazaki2002と共に印象的な風景で今でもよく思い出す。

フェリーに乗ろうと思ったのはなんとなくもう一度似たような体験をしたかったから。

島原港へ着く。チケットを買いしばらくターミナルをぶらつく。待合のベンチで老夫婦が弁当を食べながら正月の予定の話をしていた。

船が接岸し乗船が始まる。そういえば船旅あんまり得意じゃなかったんだった。酔いを覚悟する。

小一時間ほど船に揺られ客室でぼんやりしたりリフレッシュするために外に出たり。

結局乗船後に晴れ間が見え、あの時見た冬の空の閉塞感はそこに現れることなく、海風に揺られて飛ぶカモメに大人や子供、海外からの観光客が揃って空を見上げながらはしゃぐ姿があった。

当初の見たい景色とは違ったけど、展望デッキに良い空間が出来ていたのでシャッターを切った。

熊本港へ到着後そのまま連絡バスで熊本駅へ向かい少し街を散歩した後新幹線で鹿児島へ。流石に疲れたので道中の半分ぐらい寝てしまった。目が覚めて窓を見ると見慣れた観覧車が見えてくる。鹿児島中央駅へ到着。

実家に帰宅すると自分の好きなコロッケを作ってくれていた。一昨日が誕生日だからとなんか良いお酒も一緒に。

久々のいつもの味を頬張りながら先日のバーで会った女性に言われた言葉を思い出した。今日が誕生日ならわざわざ長崎に寄らずにそのまま帰省して顔見せた方が良かったのではと。

もういい歳なので流石にそんなことをするのは照れ臭かったから帰宅日をずらしたのだけど、家族から直接お祝いしてもらえたのは久々で懐かしく、なんだかんだとても嬉しかった。結局親から見ればいつになっても子供は子供だ。

感謝の言葉を伝えながら今回の旅であったこと、昔見た景色のことを話したりした年の瀬だった。