いつかボロボロの、バレーボールがしたい

tsuitachi
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 昨日、はじめてVリーグの試合を観た。ほんとうは、できれば会場で試合を観てみたかったが、去年チケットを探してみても行けそうなところのは軒並み完売だったため、まあ潔く諦めていた。しかし、バレーボールは地上波で試合が流れることはほぼない。五輪のときくらい? BSの放送で、年に一回ある大きな国際大会をやってくれるときはBSに加入しているので観られる。スポーツチャンネルに加入すれば勿論リーグの試合も思うまま観られるのだろう。観られるものなら観たいが、私はワンコインの配信サブスクにすら何一つ登録していない。残念ながらそこまでリッチじゃない。

 しかし、今日と昨日はシーズンきっての好カードということで(ということなのかな?知らんけど)なぜかBSフジで放送をしてくれた。ローカル局でもホームゲームなら放送がある?っぽい?が、そんな情報は知らないので普通に観逃しており、悔しかったが今回は無事に観られた。嬉しい。名古屋のチームのホームゲームだった。相手は枚方がホームの大阪のチーム。両チームとも日本代表を複数擁する、強いチームだ。

 バレーボールの試合を観始めたのは、二年前。たぶんそれ以前は授業を除いてテレビですら一分くらいもプレーを観たことがないと思う。私は、元気いっぱいの文系インドアオタクだ。運動部の上下関係が怖い。スポーツ自体は、一応やるのも観るのもきらいじゃないのだが、体力も経験による技術もコミュニケーション能力もまったくないので、触れる機会がほとんどない。じゃあどうしてバレーボールを観始めたの?と聞かれたら、スポーツ漫画のおかげである。オタクだからね。

 私は過去にも漫画のお陰で様々なスポーツに触れられてきた。漫画がなければ、テレビでバスケの試合を観るとかロードレースを観るとか、まずやろうとも思わないことだ。中でも、野球においては、漫画を読まなければ、クソ真面目にルールブック見たり歴史を学んだり試合を観にスタジアムに足を運んだりなんてことを絶対にしなかったと思う。本当に、自分にはなかった道を拓き、たくさんの機会を頂けて感謝しかない。(サッカーだけはWCきっかけで自分で向かって行ったけど)

 そういった、漫画によるスポーツとの出会いで、一番大きな学びを与えてくれたのが、『ハイキュー!!』というバレーボール漫画である。この偉大な作品を、バレーボール漫画、というジャンルの括りにはしたくないのだけれども、一応今回はそう称しておきます。スポーツの話なので……。

 『ハイキュー!!』の何がすごいか。何だと思う?ヒントに例を一つ挙げましょう。私はかつて『おおきく振りかぶって』という高校野球漫画を読み、野球の素養が皆無だったために、なんか面白いことが起きているが野球のことを何にも知らないので何も詳しいことは分からんが面白いぜ!!という物語の力だけで興奮させられていた。何も知らないし分かってないのにこれだけ面白いと感じられるということは、詳しく知ったらもっともっと面白いのでは!?という気付きを得て、私は野球のルールをルールブック的なものをひたすら読んで学んだ。真面目な文系なので。それから実際に春・夏の甲子園にも足を運んだし、プロリーグの試合も、現地でもテレビでも観た。お陰で試合に出てくるよく分からんカタカナがたくさん意味の通るものになった。しかし未だに変化球の違いがなんも分かりません。変化してますか?

 もう一つ例を挙げます。これヒントとか言ってるけど特にヒントになってないと思います。2010年南アフリカWCからサッカーをまともに観始め、代表、Jやら海外の試合を観つつ、実際にスタジアムにも足を運び、更にはクラブチームの歴史やスタメシ情報とかまで読み漁り始めた私は、ふいに『ジャイアントキリング』という漫画に出会いました。そして、感じたこと。これ、サッカー全然観てなかった頃の私、すっと自然に出てくるカタカナの全てを全然理解できなかっただろうな、と。トラップってなに。へえ、セットプレー。オフサイドね、オフサイド。よく聞く。ボランチ…。ファンブル?ふーん、そうなんだ、そうなんだね……という感じだっただろうが、サッカーをそれなりに「履修」した私は全部めでたくすらすら分かる。試合感なんてものはリアル試合を観ないことには分からないが、何十試合も観てるんだから、まあめちゃくちゃ詳しい人には及びようもないが、そりゃ分かる。クラブチームのリーグ加入条件とかもJ1の主なクラブの成り立ちとともにネットで読んでいたしクラブチームの広報の本とかすら読んでいたためクラブチームの運営の大変さとかもすっと入ってくる。その『分かる』ことにいちいち感動しながら読んだ。謎の読書体験。でも、そんな体験はなくともジャイキリは面白いですよ。

 そういう、漫画のお陰で自ら学びに進めた、もしくは己の学びから理解ができる嬉しさを得た、という経験がある中。『ハイキュー!!』は何がすごかったのでしょうか。何だと思います?ハイキューは、ハイキューはねえ…………

 私は、2022年のネイションズリーグの日本男子代表の試合を、twitterかなんかでやってることを知り、何となく観た。それがはじめて観たバレーボールの試合である。日本代表は、私が思うより余程強くて、正直そのときの私の中の男子バレーは弱いというイメージだった(観てもないのにすみません)ので、びっくりさせられた。しかしそれ以上にびっくりしたこと。

 バレーボールのこと、めちゃくちゃよく分かっちゃう、という感覚がそこにあった。

 知らないはずなんだ。私は、バレーボールのことを。だってリアルなバレーボールなんて授業でちょびっとやってサーブが全然まともに飛ばなかったり友達に顔面にボールを当てられた記憶しかない。でも、分かる。知っている。実況の人が、解説の人が言ってること、分かる。意味が通らないことなんて、一つもない。本当なら、カタカナ単語の一つ一つにも、どこの何?どういう意味?といちいち首を傾げるところだろう。『おおきく振りかぶって』で通った道だ。でもそんなことは、マジでなかった。単語の意味が分からないとか、そんなレベルでもない。今やったプレーの意図や、戦術についての解説。何が効果的で、点に繋がったのか。何がセットを落とした理由で、立て直すための修正点はどこか。試合の流れや、攻撃と守備の駆け引きについて。はじめて観たとは到底思えないほど驚くくらいすっと頭によく入る。聞けば聞くほど試合の中身がよく分かるので、一生懸命解説の人の話に耳を傾けながら、プレーの一つ一つを見逃さないよう、夢中で見ていた。そうしてはじめて観るバレーは、私のよく知る、バレーボールだった。

 だって、そこにあったのは、ハイキュー!!で読んでいた、『バレーボール』だったから。

 取りにくいボールで陣形を乱したり攻撃の手札を減らして万全なブロックを敷き、そこで刺す、サーブ&ブロック。ツッキーと山口の盾と矛だ。MBのクイックを1セット目でよく見せておき、後半に真ん中にブロックを引き付けておいて攻撃を左右に通す。日向翔陽の囮の話。一度ブロッカーに阻まれても二連続で同じスパイカーに通したり、交代したばかりのスパイカーに一発目で上げるような強気なトスアップ。これは負けず嫌いで勝気なセッター、影山飛雄。ハイキュー!!キャラがプレーしているわけではない。当たり前だけど。でも、ああ、全部見聞きしてきていた。もう既に。知っている。

 俺は知っている。

 教えてもらったから 知っている!!!

 そんなわけで、私がはじめて観るバレーボールの試合は、桁違いに理解度が高かった。ハイキュー!!が大好きで、ハイキュー!!を舐めるように読んでいた、オタクだったから。

 背の低い選手はブロックの穴とされやすいところだから、こっそり高い選手とスイッチして叩き落とす、菅さんがやってたやつ。めちゃくちゃ打つ気満々に見せかけた度肝を抜かれる美しいフェイクトス。宮兄弟がめちゃくちゃ楽し気にやってた。知ってる。分かる。大好きなシーンで死ぬほど読んだから。へ~っ、リアルだとこんなんなんだ!『ハイキュー!!』で、やってたよね!(ニコッ)と、漫画オタクの私は世界の因果を逆にしながら思う。ハイキュー!!の中ではじめて、バレーボールが生まれたみたいな顔をして。実際私自身はそんなようなものだった。いちいち漫画の中のあらゆる場面を思い起こしながら、私はバレーボールのリアルな試合を本当に楽しんだ。ハイキュー!!は、私にとって、天然のバレーボールの教科書だった。それを、実際のバレーボールの試合を観て、まざまざと感じることができたのだ。これって本当に、すごいことだと思う。

 ハイキュー!!を読んだら、バレーのことが本当によくわかるってことだし、リアルバレーを観ても、何の違和感もなくその知識がフィットする。それも、自然に、だ。ハイキュー!!は別に、バレーボールのルールブックでも教材でもない。最高に素敵な物語だ。それを読んで、私はこれ以上なくリアルなバレーボールを楽しめている。本当にすごいことで、幸せな体験だ。ハイキュー!!はバレーボールにとっての宝みたいな存在だ。そうだよね?バレーボールよ。常々思ってはいますが、本当に、古舘春一先生は天才です。ありがとうございます。バレーボールも感謝してると私は勝手に思います。

 私は、バレーボールの「献身」さが好きだ。どんな競技であれ、私はオールラウンダー的な選手に惹かれる。そして特に守備の意識が高い選手のことを好きになる。バレーボールは、コートにいる全員が、その守備の意識が特に高くないといけないスポーツだと思う。走り込んで、思い切り広告に突っ込んでまでボールを拾いに行く姿。2mを超える長身の選手がフライングレシーブを決める姿に、胸が熱くなる。

 バレーボールは、落としたら負け。落とさなければ、負けないスポーツだ。だからボールを意地でも落とさない。そのための積み重なる献身が、とてもよく光るスポーツだと思う。そしてその献身は、落とさない守備のためだけでなく、点を取るために、一つのラリー中にセット中に試合の全ての中でどれだけのことができるか、ということでもある。いかにしてボールを通すか、防がせないか、決められるようにするか。試行錯誤と戦略と、それら全てを丁寧に積み重ねる献身。どこか漫画業に似ていると思う。古舘先生が仰っていた言葉で、心に残っているものがある。

 35巻の折り返しコメントに「自分が漫画を描いていて「楽しい」と思える時間は1割くらいで、大体はしんどくて逃げたいと思ってます。」という文言が載っていた。先生と肩を並べられるわけもないが、私も漫画を描く人間で、よく苦しむ人間だ。基本的にめちゃくちゃ嫌がりながら漫画を描いている。描きたくない。本当に描きたくない。しんどいのが分かり切っているから。そしてより良いいいものを作ろうと思ったらそれは、修羅の道のはじまりで、果てなく本当にしんどいことである。そのものすごくほんの少しの一端を、知っているからこそ、先生の、漫画を作ることへの献身を、思ってやまない。人生の思わぬギフトとも呼べる作品を紡いでくださったことを、本当に感謝しています。

 バレーボールが楽しい。ハイキュー!!のおかげで、バレーボールが今日も面白い。今日見た試合は、昨日と同じくフルセットだった。二日連続フルセット。選手は相当しんどいだろう。だけど、めちゃくちゃ見応えがあって面白かった。35歳の大ベテランの選手の頼もしさ。ルーキーがサーブにブロックにと獅子奮迅の大活躍。ここぞというときにパイプを決めるセッターのクレバーな選択。軒並み主力選手がベンチに下がっても、むしろ下がったことでめいっぱい輝き出す若手たちの躍動するプレー。枚方のチームは昨日の試合より調子が良さそうでより楽しかった。面白いくらいラリーが続いた。しんどそう。でもずっと続いたら永遠に観られるな。酷いことを思う。ゴミ捨て場の決戦で泣きじゃくりながら願ったことみたい。5セット目の最後まで、楽しかった。

 ああ本当に、バレーボールは面白い!!

 そして、私が今抱いている野望は、過去文化部に所属していた(もしくは運動部に所属していない・学生時代筋トレをしていない)、現在進行形で運動不足の、基礎体力もなければ経験もなく現時点での体力がかなり終わりの大人たちを集めて、全員にまともなプレーを期待できない、ボロボロバレーボールを開催することだ。運動ができない非スポーツマンの私は、人の足を引っ張るチームスポーツがマジで無理だ。やりたくても、体力が本当にないし、コミュニケーション能力はないし、運動センスもない。ないものしかない。すっごいお荷物でしかない。そんな状況下でスポーツなんか人とできるわけがない。コート内にいるだけで地獄だ。

 だけど今、一度くらい、バレーボールがしてみたい。

 だから、全員が全員ボロボロな、どうしようもないバレーボールがしたい。それなら、サーブがいくら入らなくてゲームが始まることすら容易でなくても、みんなそうなので誰が責められるわけでもないだろう。レシーブが一人も取れなくても、トスが明後日の方向に上がっても、スパイクが合わなくても、決められないことを責めるより、あまりに動かないガタガタの身体に悲鳴を上げることに必死なはずだ。それを笑い合いながら、バレーボールってむずかしいねえって感じたい。

 誰かやりませんか。重力に抗えない不自由な身体で、苦しみを笑いながらバレーボールを。敷居を死ぬほど低くして。ネットを下げて。体力がないことに自信がある人ならだれでも。連絡待ってます。

@tsuitachi
いきてますよってれんらくです