冬はちびっこの頃から苦手だった。日本で生きている限り避けられない四季の移り変わりの中に苦手分野が入っているとそれだけで1年の四分の一が死ぬ。しかもその苦手分野が最近極端になりつつある四季の崩れの中で、大部分を占めていくとなればもう四分の一どころか三分の一以上は死ぬ。
だから、冬には死んでいただかなければならない。常々そう思っているが、冬があることで自然はかなり助かっている部分もあるんだと思う。スタレでも言っていたけど芽吹くときには種は死んでいなければならないらしいので、死をもたらしてくれる冬は、芽吹きの春に向けて絶対に必要なステップだ。分かっちゃいるけど苦手なものは苦手だし、死んでいただきたいのは本当である。
もしかしたら自分は人間ではなくてたぬきやクマ、リスなどの生まれ変わりで前世またその前世連綿と連なる魂が「冬眠を必要とする種」だったから、こんなに眠いのではないかと思う。こんなに暖かさを求めて寒さに具合悪くなって、こたつから出られなくなって、冬の間ずっと薄っすら具合が悪い。最悪の場合ずっと具合悪くてインフルエンザやコロナ、風邪や喘息にかかりまくる。薄っすら具合が悪いのはまだ元気なほう、という最悪の状態になる。そんなので冬を生き延びていけるのか?と問われるかも知れないが、実質生き延びてなんかいない。半分冬眠状態の死にかけで冬が通り過ぎていくのをただ粛々と待っている。
冬の到来が早いと「今年は長いぞ」と身構える。大体いつもなら耐え難い寒さは12月入ってから訪れるが、11月半ばでもう耐え難い寒さになっている。半泣きになりながらこたつを整え、布団を冬布団フルセット(超激アツ)にして、エアコンを暖房に切り替えた。除湿機を備え、電気ひざ掛けを用意し、上に羽織る極暖羽織毛布は手放せない。スリッパを冬用にするために毎年ユニクロに拝みに行く。今年の冬もこのスリッパで無事過ごせますようにと。神に祈るよりも足先を温めてくれるユニクロの頑丈なスリッパを崇めろ。
寒いと何が最悪かと言うと、日中の活動意欲が底辺を下回りマイナスに駆け抜け、メンタルを勝手に病み、口数が死ぬほど少なくなり、食欲もほんのりない。何が楽しかったのかを忘れがちになり、集中できなくなり、ひたすら眠い。これだけのことが冬になると突然湧いて出てきた風呂の湯のようにドバドバ流れ込んできて、気づいたらおやつの時間になっている。この間私は何もしていない。ただずっと寒さに耐え、口を引き絞り、映画を見る気にも本を読む気にもなれずに、かといって何か有益なことを考えているわけでもなく、何もしていないのだ。
そしてこういった状態が続くと私の身体は「とてつもなく悪く」なる。数々抱えた病の諸々が、整ったメンタルと身体ではない時に大太鼓鳴らしてお祭り騒ぎをしはじめる。最悪だ。誰も止められないし、医師も「なんで悪くなったんだろうね……」と不思議そうにする。まさか「ただ冬が来ただけ」とは言えずに、「ストレスなんですかね……」と架空のストレスのせいにする。もしかしたら冬が来たこともすごいストレスなんだとおもう。
由々しき事態である。冬には死んでもらわなければならない。地球に住んでいる以上はマジでそれくらい我慢せぇやという話ではあるが、致命的に合わない四季が来た場合、もうどうしようもない。私が死ぬか冬が死ぬかだが、私が死ぬのは私が悲しいし、私は"生まれ生きてきた"という史上最大にヤバい苦難の道を超えてきた人間というカテゴリに属する種族のため、冬ごときに道を譲り自ら死ぬなどという行為はアホである。アホの極まりである。死ぬべきは冬だ。
こうやって考えているコトは割と冬への八つ当たり行為なんだろうけれど、どうしても冬が好きだ、冬は別に寒くないといっている人を見ると、種族値の違いに驚く。とくぼうが高くないタイプなので、冬の寒さという特殊攻撃には到底耐えられない。
耐えられない。寒い。キーボードをうつのも億劫になる季節にインターネット人間は生きていられない。一体冬に何が出来るというのだろうか。外に出るのも煩わしい。寒い。歩き出したらなんやかんやでポカポカになるのはわかるのに、冬の寒さを軽減させるために着込んだ服の下で汗をかくのは結構腹が立つ。
冬にはどうしても消えていただきたい。私が映画の悪役だったら問答無用で最大火力をお見舞いして冬側の反撃を絶対に封じてやる。二度と蘇るな。私の計画の邪魔をしないでいただきたい。
消えてほしいな……冬。消えてくれんかな……。ウィンタースポーツも一個も出来ないんだよね……はぁ……忌々しいな………………