地元のフェリーが就航60周年で、人間だけなら無料で載せてくれると言うことだったので、二ヶ月くらいまえからわくわくしていた。12月から体調が最悪な日がつづき、やっかいな病気にもなってしまっていたので、体調次第だなあと思っていたが、先週くらいから体調が結構よくて、今日は無事に出かけられた。
鷹の渡りの時期には必ず乗るフェリー、駐車場が満車になって、ずらりと望遠レンズをつけたカメラが並ぶようなときでも、人はまばらなのに、今日は、今までで一番たくさんの人が乗っていた。みんな楽しそうな顔をしていて、船旅を楽しんでいる。
わたしは旅に出かけるのが好きだし、旅に出かける人を見るのが好きだ。
労働からも、日常からも解放されて、「楽しむ」ために出かけて行く人の顔は、見ているこっちも幸せになる。よい旅になりますようにといつも祈るし、一度でいいから、セントレアにくっついてるホテルに宿泊して、日がな一日中、好きなときに、旅に出かけるひとを見ていたいなあと思っている。やろうと思っていたら、covid-19の流行で流れてしまい、そこからやれてない。
そういえば、covid-19が流行しだしたとき、栄螺堂へ行こうと計画していたことがあって、飛行機も宿も全部押さえたのにキャンセルしなければならなくなったこともある。太平洋フェリーにも乗りたいし、九月の文フリ札幌にあわせて、東北と北海道を回れたらいいなと思っている。ホヤもたべたいし。
対岸につくと、突堤にカメラやスコープをかまえているひとたちがあつまっていた。ズグロカモメかなんかいるのかなあ? と思っていたら、見たいと思っていた鳥がいた。はじめて見る鳥だったから、少し遠かったけどとてもうれしかった。眺めていたら、二人組のひとに声をかけられた。双眼鏡とカメラを持っていたので、同じく鳥を見る人だなあとは思っていたのだが、「ツツドリの時に会ったよね」と言われた。去年、ツツドリを探している人がいたので、「ここにいます」と教えてあげたのだった。わたしは全然おぼえていなかったのだが、向こうは覚えていたらしく、ウミアイサがたくさんいる場所を教えてもらえた。ウミアイサは波にもみくちゃにされていて、それでもそれが当たり前みたいな顔で浮かんだり潜ったり、羽根を伸ばしたりしていた。
人間なら、一瞬で溺れ死ぬだろう環境で、素知らぬ顔で普段通りの生活をしている、うねりのなかに、まるで凪の日にするように潜り、高波に飲まれてもすぐに浮かび上がってくる姿を見ると、人間である自分は、なにもできないなあと思う。
秋、タカの渡りを眺める駐車場のほうへ歩いていくと、沖からヒヨドリの大群が飛んできた。タカの渡りと同時期に、ヒヨドリたちもまた渡る。タカは一羽で渡るが、ヒヨドリたちは群だ。岸に向かって吹く強風に、押し戻されてくるのに、なんどもなんども、向かい風へ飛びこみ、沖へ出ようとする。飛び出しのタイミングをはかり、茂みで鳴き交わす声は、山野で聞く声とはちがう。励まし合うような切実な声。飛び出すときも、かれらは激しい声で鳴いている。春も、ここから飛び立つのか。
おととし、能登の突端へ行った。「舳倉島」というバードウォッチャー眷恋の島へ渡った夜、宿泊したのが狼煙だった。灯台を見て、夜は星を撮影して、翌朝、どこかへ飛んでゆく二羽のヘラサギを見た。そして、岬からおそらく大陸へ向かうのだろう、ヒヨドリの群を。
わたしはこの世で一番すきな光景が、ヒヨドリの渡りである。懸命に鳴き交わしながら、いつもなら人間がいればすぐに逃げるのに、人間の鼻先をかすめてでも、飛び出してゆかねばならないその衝動性と、普段はささやかな声と羽ばたきが、より合わさって怒号する――あの光景を、ずっとずっと見ていたい。
狼煙でヒヨドリの群を見送ったのは、ゴールデンウィークだった。今年も、ヒヨドリたちは狼煙の岬へあつまり、切羽詰まった声で鳴き交わし、飛び立つのだろうか。励まし合うように、一つの塊になるように、羽音と鳴き声を怒号させ、旅に出るのだろうか。
旅立つ人の無事を祈るように、旅立つ鳥たちの無事も祈る。そして、その土地で生きるひとたちの無事と、日常が、すみやかに帰ってくるように。