呪いの話

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 呪いを受けて生きてきた。

 躾だとか、教訓だとか、その人の価値観に沿った発言だとか、男らしくありなさい、女らしくありなさい、そういった、どこにでもありふれた、別段珍しさはない、よくあるもの。その中の一つとして自分にまとわりついたのは、

「マニキュアをしたら爪が変形する」。

 正直、過去から最近に至るまで爪に彩りを添えることはまったく興味がなかった。職業柄(禁止されていないとしても)出来かねるし、なにより家事をするときに邪魔だ。

 爪に色を加えることに別段なんの感情も抱いていなかったが、過去に起こった出来事が嫌悪感を増長させた。湯を入れておく保温ポットの中に、付け爪を紛れ込ませた阿呆がいたのだ。ある人が保温ポットに残っていた水を棄てたときに混入が判明し、事故によって入ってしまったとはいえ、当の本人はそれを知ったとき「こんなところにあったんだ~」と悪びれもせずに言ったのだそうだ。中に入っていたお湯を使い、社内の皆がコーヒーだとかを口にしているというのに。

 この出来事もあって、爪を彩ること────特に付け爪に対して良い感情を抱かなくなった。

 そんな私が爪を彩るようになったのは、最近だ。きっかけは「なんとなく」。ただ、それだけのことだった。爪を彩る人を見て「気分があがる」といった発言を聞いて「そんなものかあ」とぼんやり考えたあと、本当になんとなく、自分もそうしてみたいと思った。そこで邪魔をしてきたのが、幼いころに言われた言葉だ。

「マニキュアをしたら爪が変形する」

 はたからすればくだらない迷信のような言葉でも、尻込みするにはじゅうぶんだった。なぜならこの身は皮膚が弱い。皮膚だけではなくいろんな肉体の部位が刺激に弱い。だからそう言った人の言葉が、時限式の装置となり条件を満たし、長いこと忘れていた呪いが発動して己の思考と行動力を蝕んだ。

 それでも「やってみたい」が勝った。駄目だったら諦めようと、一度だけの夢を抱くのも悪くはないと楽観的に考えて。爪や皮膚がどうにかなっても、医者にかかれば時間と薬が解決してくれる。

 一度目は挫折した。なにをどう集めればいいのかよくも悪くも選択肢が多すぎた結果、ざっくり調べてみて「やらなくていいやあ」と不発に終わった。それはそうだ。「なんとなく」でやりたいと思った、その程度の意思なのだから、貫き通したいというほどの欲も衝動もない。

 それからしばらくたって、ふとノベルスキーで見た一枚の写真。キャンメイクのマニキュアを塗った、ある人の爪が目に留まった。

 キャンメイクは自分もよく使っている。値段も安価だ。ならば試してみようか、と思い立って、衝動的にやすりやリムーバー、二色ほどのマニキュアを購入した。

 慣れない手つきで、夜中に彩られた爪。ピンクに混じって紫の光沢や細かいラメがきらきらと輝いている。なんとなく「たのしい」かもしれない。ところどころに色がはみ出した、気泡が混じり、乾かす前にいじったせいでちょっと歪んでしまったヘタクソなマニキュアを見て、そう思った。

 それからは集めたい欲だとか、あれもこれもと試したい気持ちが出てきた。おかげで順調に安いマニキュアは集まり、今や六、七色くらいある。多いな。

 何度か色を変えて試していくうちに、なるほど「気分があがる」と過去に聞いた言葉の意味を理解した。たしかにそうかもしれない。洗濯ものを干しているときに、陽の光を浴びた青い爪を見て微笑んだ。

 過去に呪いの言葉を受けた。「マニキュアをすると爪が変形する」という言葉は、今の所あてはまっていない。自分に対してその言葉を告げた人が生きていた頃、過去のマニキュアは肌に対する成分が優しくなく、塗った人の体質だとか、そういうものもあわさって爪を傷つけたのかもしれない。もしくは、「爪が変形する」と迷信じみた言葉を聞いて怯えていたのかもしれない。

 けれど、逆に自分は爪を彩ることによって良い方向へ変化が生じた。

 加齢と共に、自分の爪は汚さを増していた。面倒を見る精神的余裕がなかったのもある。親指は白い縦線が入っていて、クリームを塗りこんでも一時的にしか治らない。他の爪も不健康に乾燥して、ぽつぽつと白い縦線が汚く目立っていた。

 しかし今は、どの爪にも白い線は入っていない。

 マニキュアをするために、少しでも爪の健康状態を保とうとネイルケアオイルを塗るようになった。よく使うのは無印のハケタイプ。それとは別に、ネイルホリックの塗り込むクリーム。それらを繰り返し使うことによって、あれだけ白い線が入っていてみすぼらしかった爪は蛍光灯の光をあびてつやつやと少しばかりは光るようになった。

 加齢はどうしようもない。けれど、確実にネイルをする前より、綺麗な爪を保っている。二枚爪になったり割れてしまうこともあるが、おおむね健康的な桃色だ。

 呪いを受けて生きてきた。

 躾だとか、教訓だとか、その人の価値観に沿った発言だとか、男らしくありなさい、女らしくありなさい。

 そういった、どこにでもありふれた、別段珍しさはない、よくあるものを受けて、忘れたり、時折思い出しながら、一つ一つ昇華していったり、未だ蝕まれていたり、そんなふうに今も生きている。

 キーボードを叩く指を見下ろせば、蛍光灯の光を浴びて、きらきら輝くミントグリーンが爪を彩っている。