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9/28 私は名乗らない、29

uchili0315
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公開:2026/9/30
布団に沈み込むうろん

9/28

寒くなってきたので布団を出したら、うろんが沈み込んで長くなって寝ていた。ベッドの夏仕様と冬仕様、どっちが好みなんだろう。うろんがワラジムシをつついていたのでティッシュで逃した。潰れたら嫌だ。そういや昨日車検帰りの連れが、身の毛のよだつとはこういう事だ!と叫んでいた。庭に置いてる自転車をしばらく使っていなくて、久しぶりにカバーを外して乗ろうとしたら、びっしり…カバーに…ダンゴムシの一群が…びっしり…無数の…ダンゴムシ…

なんか、怪談師とは…怪談とは…みたいな話題がぶり返している。この手の話題が出てくるというのは、現在的な怪談コンテンツが一定数まで飽和するくらいにメジャーになったから質を問う段階にきたからだと思う。しかしそこで呼称から問う、というのはピンとこない。まず誰が怪談を語るに相応しいか、誰を怪談師と呼ぶべきか、という肩書きの線引きで信用を担保する、という考え方には同意しない。ちなみに私は、私自身に肩書きを持っていないつもりでいる。たとえば怪談を語るときに怪談師と呼ばれるなら怪談師として求められる質を提供するし、これが作家でも同じ。できることをできる量と頻度でやるバランスで生活している。しかしこの、肩書きのなさ、というのは対外的、特に上下関係権力勾配損得に敏感な人相手だと、途端に蚊帳の外になる。質と量、リソースを割くのがプロというなら、私みたいなのは邪魔だろな、と思うし、そういう罪悪感や引け目やおれはダメなんだを抱き続けなきゃいけないのも、なんでだよ、って思う。

キングダムS2の2話ラスト、突然おっさんが霊から攻撃されて大出血してぶっ倒れる理不尽エンドの後、お決まり蝶ネクタイタキシードトリアーが「渡り鳥って詩的ですよね……」と言い始めてこの人何考えてんのかさっぱりわからんくなった。

9/29

午前中に歯医者の定期健診。綺麗で羽振りの良い歯医者なので、最近は予約が取りにくくて土曜日は半年先まで埋まっている。どれくらい羽振りが良いかというと、トイレにはリナーリのディフューザーとモルトンブラウンのハンドソープがある。あと、受付はそんなに広くないけど、エントランスの部分が吹き抜けになっている。

退勤時には雨足が強くなっていた。会社を出て、横断歩道を渡っていると、通りの向こう側にパゴダ傘の美しいシルエットが浮かんだ。黒の無地で一段フリル。折りたたみやショート傘ではない長傘かなと思う。パゴダの先端からの曲線ライン、こうして傘をさして歩く姿を見ると惚れ惚れする。日が落ちて暗いから、傘のシルエットはいっそう際立っている。どんな人がこの傘をさしているんだろうと目を凝らすと、白いエナメルのパンプスと黒いマーメイドスカートを履いている。その人が道を曲がったときにチラッと傘の赤い裏地が見えた。駅に着いて電車に乗り、2駅で乗り換えようと座席を立つときに、鞄にぶら下がっているちいかわが目に入った。黒いツイードの小ぶりの通勤トートに、10センチに満たないちいかわの顔ぬいぐるみだけをあしらっており、このさりげない主張には潔さを感じる。鞄の持ち主が私の前を歩く。黒いフリルつきの傘、白いパンプス、マーメイドスカート……あっ。この人だったのか。パゴダの同志よ、その素敵な傘はどこのメゾンですか、通勤スタイルで許されるモノトーンとフェミニンの中にパゴダとちいかわという「好き」を捩じ込んでらっしゃるんですね、と声を掛けたくなったが、階段を昇りきったら違う方向へ行ってしまった。

侍女の物語、ディストピアしかないのでつらい。エピソードは今後動きがあるので早く物語が動いてくれと思う。連れは「現実が既にディストピアだから」と言っていて、たぶん私も同じ感覚で昨今を生きている。私らは、かつて持っていたある種の楽観、先を意識的に考えずとも未来には失望せずに今の楽しみを不安なしに享受していた感覚が消えて、前は出来たことができない、価値を置いているものは全て否定されるし、よって自分自身も否定され締め出されている、という物事の認識で暮らしている。うろんがきてから、うろんからは尊い愛と平和を享受しているが、外側の世界がうろんから得られるものと差し引くような量の負荷を与えてくる。うろんといる時間以外は「いやな気持ち」的どんよりエアーが充満している。

うろん、くもちゃん一匹発見しただけで楽しそう

@uchili0315
卯ちりと暮らすねこ、うろんの日記