
「三相」について
今回の展示のテーマとタイトルがずばり狂気と幻想ということで、1892年に発表されたシャーロット・パーキンス・ギルマンの短編『黄色い壁紙』から着想を得ることにしました。産後にヒステリーと診断された女性が、読み書きすら禁じられ療養している部屋の壁紙を凝視することで幻想を得て「向こう側」に行くこの話は非常に恐ろしい傑作です。客体としてのヒステリー患者ではなく、自ら治療経験の苦しみを知るギルマンが「狂う側」の視点で描き切っている点は、19世紀末の作品ながらモダンホラーと呼ぶのに相応しく、またこの作品はフェミニズムの文脈においても言及、論じられています。
この作品における主人公の内面の変容を三相として造形しました。黄色い壁紙が女を侵蝕するが如く、ドレスは黄色で壁紙の模様が浮かび上がっています。

1.めざめ
これはミレイの「めざめ」のような、上を向いて凝視する視線とサルペトリエール患者オーギュスティーヌのポージングを参照しました。壁紙を観察している状態をあらわしています。

2.左と右
こちらのポージングも、オーギュスティーヌの写真を参照しました。左半身がカタレプシー、右半身が嗜眠という異なる状態で、身体が既に分裂を始めています。

3.向こう側
これは精神が飛び立った後の状態。身体だけが残されて、また壁紙に取り込まれたイメージ。
球体関節人形とその周辺の造形フィールドは、19世紀後半以降の象徴主義や耽美主義、アール・ヌーヴォー等の様式もイメージの源泉のひとつになっているものと認識しています。19世紀末当時はファムファタール全盛期。様々な魅惑的・幻想的な女性表象が美術で堪能できますが、一方で当時の女性をとりまく抑圧として、ヒステリーの「狂気」に閉じ込められ、行動や思考の主体性が奪われていた人々とヒステリーの治療の歴史についても留意せねばなりません。参考資料として、『黄色い壁紙』と19世紀の精神病院サルペトリエールの、様々な研究と臨床が記録された膨大な写真資料が収録された『アウラ・ヒステリカ』も資料として置いています。

サルペトリエールにおける医者-患者間の関係、見られ診断され記録された客体としての患者について考えるとき、人形を作る主体としての自らと作られた人形という客体を意識せざるを得ません。19世紀末的表象で女性を造形すること、「患者」と「狂気」という他者が抱える苦しみに対してまなざすある種の嫌らしさと暴力性にライドする罪深さと、しかしそれを表象したい欲望の間で粘土をこねました。私が欲する幻想の形について、本作を制作しながら思案した次第です。