約15年前まで、私はさまざまな文章読本を熱心に読んでいた。しかし、時が経つにつれ、それらの内容が似通って見えてきた。「わかりやすく」「簡潔に」といった基本的なアドバイスが繰り返され、新鮮味が失われていったのだ。そのため、自然と読書の頻度も減っていった。
そんな折、Amazonで偶然、韓国人作家ナムグン・ヨンフンによる『みんなが読みたがる文章』という本に出会った。異国の視点から書かれた本なら、新たな発見があるかもしれないと期待し、即座に購入した。すると直後に、Amazonのおすすめリストにウィリアム・ジンサーの『誰よりも、うまく書く』が表示された。ノンフィクション界隈で名高いロングセラーだという。興味をそそられ、先の本と併せて読み比べることにした。
『みんなが読みたがる文章』は、現代社会に即した内容が特徴的だ。ブログやSNS、さらにはAIが浸透する今日の環境に合わせ、文章力の価値や新たなビジネスチャンスへの活用法も提案している。
一方、『誰よりも、うまく書く』は、ノンフィクション執筆における普遍的なアドバイスが満載だ。特に印象的なのは、「自分らしく書く」ことを重視している点だ。
私が特に注目したのは、両者の文体の違いだ。ヨンフンの本は改行が頻繁で、段落の切り替えが早い。おそらく、スマートフォンで読書する世代を意識しているのだろう。現代人の長文離れも影響しているかもしれない。ヨンフンは「読者が気軽に手軽に読めて、引き込まれる文章を書かなくてはなりません」と述べている。ジンサーも似たようなことを言及しているが、その主張には決定的な違いがある。実際の本文を引用してみよう。
段落は短くするように心がけよう。文章は目に見えるものだ。脳が把握する前に、目がキャッチしている。短い段落は風通しが良く、読者を誘う力がある。文字が長々と連なっていると、読者は読み始める前に意欲を殺がれてしまう。
(中略)
だが、調子に乗るのはやめよう。短い段落の連続は、長すぎる段落以上に読者をうんざりさせるものだ。私の頭にあるのは、昨今のジャーナリストが手早くおざなりに書き散らす極小段落のことだ(なんと、動詞なしですませているのは驚きだ)。彼らは思考の流れをぶつぶつと断ち切って、読む作業を困難にしている。
ジンサーの指摘に従えば、ヨンフンは明らかに行き過ぎている。実際に読んでみた感想としても、文章が通行人のように印象に残らず通り過ぎていく感覚があった。
では、具体的にどれくらいの文量が適切なのだろうか。ここで考えてみたい。そもそも、段落を細かく分けることと読みやすさには本当に関係があるのだろうか。また、「適切な文量」を客観的な数字で表すことは可能だろうか。
個人的な経験から言えば、量や段落分けは読みやすさとあまり関係がない。よほど不自然な文章でなければ、読むこと自体に問題はない。そして、読むかどうかを決めるのは、量や段落分けではなく、興味深いトピックが書かれているかどうかが大きなウェイトを占めている。
したがって、作家は細かい段落分けにこだわるよりも、読者の興味を引くトピックを用意することに意識を向けるべきだろう。
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