独りでいる方が寂しくない。そう思うことがある。
誰かと会ったとき、そして別れたあと。いつも思うわけではない。けれどたまに思うことがある。誰かと会っている時の方が寂しさを感じるのだ。
独りでいると、あまり寂しさを感じない。独りでいるときの孤独は豊かなものだ。今まであまり誰かを懐の奥深くに入れたことがないからか、私の孤独は冷たく寂しいものではなく、豊かで温かいものだと思っている。
けれど誰か、私以外の誰かと会って、話して、そして別れた後、あるいは話しているとき、寂しさを感じる。誰かと別れた後、誰も通らない暗い夜の道を歩いているとき、その寂しさから泣き出してしまうほどに、その感情に追いやられる時がある。
これを書いていて、その感情を寂しさ、という言葉で定義するのは少し違うかもしれないな、と思った。私は大抵、あまり深く考えずにこの静かな場所に言葉を書き殴って、そして訂正したりを繰り返している。その気楽さが好きなのだけれども。
その感情には多分、寂しさも混じっている。けれど、それ以外のものも混じっている。虚無感、諦観、希死念慮、渇望、様々なものが渦巻いて、結果的にどうしようもなく、どうしようもないからこそ項垂れて涙を流すしかない。そして自分ひとりで引き篭もれる空間に戻り、その温かさで自分の体を安らげ、たまに過食をし、眠ることで誤魔化して生きている。
きっとこの誤魔化し方は、いつか通用しなくなるだろう。通用しなくなった時、私は本当の意味で死にたくなるのかもしれない。