内観をしよう 4

わたし
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一月に会った、見えない世界の言葉を伝えてくれる人から言われた言葉を思い返す。

死んだ父は私に、「辛いことやしんどいことがあったら話しかけてくれ」と言った。祖母は、「お母さんが言ってくる理想を、100%その通り叶えようとしなくていい」と言った。

今から思い返しても、その二つの言葉は私に必要だったと思う。いつもこの言葉を忘れてしまうから、こうやって書き記しておかないと意識の外に放ってしまう。だから、しつこいくらい毎回書いておこう。

午後、神社に行ってきた。いつものようにお参りして、ぐるぐると本殿の周りを回っていた。

最近の出来事を少しお話しして、思い返していた。

セクハラ加害者が私に対しての加害内容を一部認めていないことだったり、そのことに対して本当に嫌な気持ちになってモヤモヤしたこと、そのモヤモヤを解消するためにカラオケに行ったり、とある場所に行ってリフレッシュしたり、あとは進んでいないと思ってしまう内観のこととか。とにかく色々話した。

私は立ち止まったところからちゃんと進めているんだろうかと思った。不安も焦りも消えない。

けれどふと発見したことがある。最近、私はよく眠れている。

前までは一時間ごとに起きてしまったり、三時間くらい寝て起きてを繰り返している日々だったけれど、ここ数日、ぐっすり寝たという感覚を味わえるようになってきた。ここ数年決して味わっていなかった感覚をやっと取り戻せてきている。それが純粋に嬉しい。

行きたかった業界のことも思い返してみた。

相変わらず楽しそうな業界だけれど、会社に勤めている人たちは仕事が多くて、トラブル続きでとても大変そうだ。特に第一志望の会社がトラブル続きで、ああもし私があそこに受かってたらとんでもないことを任されていたかもしれないと思うようになってきた。だから、私があの業界に入れなかったことは、正解だったのかもしれない。そう思えるようになった。

スカウトしてきた会社のことを、書いてる途中で思い出した。

ぜひうちに!とスカウトしてきた割に、最終面接でバッサリと落としてきたあの会社。面談直前に示し合わせたかのように高熱が出た。あの現象は未だよくわからないけれど、もしかしたら誰かに止められたのかもしれない。そっちじゃないよ、と肩を掴まれたのかもしれない。そうじゃないと考えられない。私は猪突猛進だから、止めるのは手間がかかっただろうな。

そこに入ったらきっとお金はたくさんもらえただろうけれど、リモートワークも普及していないし、頭の硬そうな会社だったから、結局辞めてたと思う。上司ともソリが合わなかっただろう。入らなくてよかった。選ばれなくてよかった。選ばれたらきっと私は頑張ってしまうだろうから、もしかしたらまた体調を崩していたかもしれない。

神社をぽてぽて歩いていたときに話を戻す。

歩いていたとき、いろんなことを思い返していた時、内観をしようとして、母親というワードが引っかかった。

そう、父親を思い返すのはそんなに苦にならない。死んでいるから、というのもあるだろう。もうどう考えたって父は死んでいるから、こちらは生きていてあちらは死んでいるから、受け止めるしかないという覚悟が湧くというか、すんなり受け止められるものがあるのだ。10代から20代の頃、父親に対して苦悩していた時間が長かったのもあるだろう。どこかで冷めた自分がいる。

ただ、母親は生きている。

これは別に、母親も死ねば良いのにと思っているわけではない。流石にそこまで私はひどくない。

けれど、生きているからこそ面倒臭いことがある。生きているからこそ、あちらにはあちらの都合があり、主張がある。その都合や主張を受け取ったり、時にはぶつかったりするのがすごく面倒くさいのだ。

私の母はプライドが高く、理想が高い。これまでの人生、彼女は突き進んできたことに価値を見出していて、立ち止まったり振り返ったりすることをしてこなかった人間なのだ。それ故に、他者の弱さがいまいち理解できない。尻を叩くことによって人間が前に進めると思っている、体育会系以上にガッツがある。

プライドが高いから謝ることもできない。これまでの人生で母親から謝られたことは一度もない。(嘘、思い返したら一つだけあった。私のデジカメを彼女が許可もなく捨てたことに私が怒り、電話も全て無視してLINEで長文で、なぜ私が怒っているか、普通の思考回路を持つ人であれば事前に許可を得ようとするはずだということを懇切丁寧に説明し、私は電話で話したくないから文面で返信をしてくれと返したら、翌日の夜やっと謝罪がきた。)明らかに母親が悪い場面でも、彼女はバツが悪そうに「確かにそれはこちらも悪い、だけどね!」と反論してくる。

彼女は、彼女の理想以外を認めない。認めないというか、理想以外のところに私が着地したり、寄り道をしようとすると不快感を示す。そして、自分が理想とするレールの上に親という権力を使って戻そうとするのだ。

社会人になって実家で暮らしていた時、彼女の機嫌が悪いとすぐに「いい歳をして一人暮らしもできず実家で暮らしている、そのくせ実家に十分なお金も入れない」ということを槍玉に挙げて糾弾されていた。私を攻撃するカードを持っていることが、彼女をより強い位置に立たせていた。

私が子供の頃はもっと顕著だった。

たとえば、私が声の仕事に興味を持って同級生の親に声優をしている人がいたからと、その人に話を聞きに行った時があった。現場の話を聞いて「本当に楽しそう」と思って、その日の夜、母親に演劇のスクールに行ってみたいと話をしたら激怒された。

声優という安定しない職業に子供が興味を持つのが許せなかったのだろう、最終的に母は「演劇のスクールに行きたいというなら今の私立学校も習い事も全て辞めさせる」と、親の権力を振り翳し、私の「⚪︎⚪︎が好き」「⚪︎⚪︎がしたい」という気持ちをねじ伏せた。

これは趣味も同様で、私がアニメや漫画が好きなことを、母はよく非難してきた。「仮想現実に浸るな」とよく怒られた。友人とアニメの話をしたと話したら「そんなくだらない話で盛り上がって」と嫌味を言われた。「そんなこと言うなら、全部やめろ!」が母の常套文句だったと思う。

過去の名残のせいで、最近母が「鬼滅の刃って人気なの?この前職場の人とそのお子さんと観に行ったんだけど」と話を振られ、思わず怒ってしまった。「昔私がアニメ好きだったことをバカにしていたのに何でそんなこと私に聞いてくるの?」と言ったら、母はなぜ私が怒っているのか理解しておらず、「何でそういう話し方しかできないの?」と非難してきた。

これは本当に、今まで塞ぎ込んできた一部にしかすぎない。けれどそう思い返したら、新たな疑問が生まれる。「臨床心理士になりたい」と小学校五年生の時に私は言い始めたけれど、果たしてそれは、本当に私の願いだっただろうか?岩波新書を親から渡され、訳がわからないまま読み耽り、たまたまたどり着いた「心理士」というレールに私が興味を持って、それが母にとっての合格ライン、もしくは文句がないラインだったのではないだろうか?

私が母親から言われて最もショックだった言葉がある。

中学生のとき、人間関係に悩んでいて、家で母親に愚痴を言ったら、母に「私はあんたのカウンセラーじゃないのよ!」と返された。

大学生になった時、私は母との諍いの中でその言葉が未だにこびりついて離れないと言ったことがある。「そんなこと言った覚えはない」と母は最初言っていたが、最終的に「じゃあどうしろっていうのよ。過ぎたことでしょ」と言っていて、そのような言葉を返されてはもうどうしようもないと思い私も閉口した。

何かして欲しい訳じゃない。ただ、私はその時悲しかった。それだけだ。過去、子供だった私が悲しんでいたという事実を受け止めてほしい。それを受け止めるのは、それほどまでに難しいことだろうか?

ここまで書き出してみると、内観とは、振り返りもそうだし、理解もそうだけれど、膿を出していくという作業なのかもしれない。

腫れ上がった傷口にナイフを当てて、溜まった膿を全て出して、傷口を正しく塞ぐ。それは痛みを伴う。きっと、そういう行為なんだろう。

神社にいたときにふと思ったのは「私は母に対して感情を塞ぎ込んでいる」ということ。

不満や怒り、悲しみ、そういったものを、「母は可哀想な人だから」「母は苦労している人だから」「金銭面でお世話になったから」「お父さんがああいう人だったから」と、母に感謝しなければいけない、母に不満を持つことはいけないことなのだ、と、全ての感情を塞ぎ込んできた。

けれどそれは、正しいことではないのだろう。1月に会った人も言っていた。「お母さんに対して思っていることを、たくさん塞ぎ込みすぎている。そこを洗い出して整理していかないと」と。

結構しんどい。人生の大半、塞ぎ込むことが多かったから、膿も相当溜まっている。だけど、これを続けなければ、歩き出せない。今立ち止まっているのは、ちゃんと膿出ししなければならないからだ。だからちゃんとやろう。

次は母について書き出す。書こうと思えば、自然と手が動くだろう。

@uminosokokara
日常の備忘録。どこにも共有しないでください。静かな場所で静かに自分のためだけにこれを書いてます。