寄り道が得意になりたい

わたし
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大國魂神社には相変わらず通っている。

家で内観するのは結構大変だ。あの神社の中にしかない静けさに包まれながら目を閉じると、上手く内観できる。先日もぽてぽて歩いてきた。

その帰り、神社近くにあるカフェに目がいった。最初は家の近くにあるケーキ屋で焼き菓子でも買って帰ろうかと思ったけれど、カフェでゆっくりしたいという気持ちが湧いてきた。

焼き菓子の味は覚えているから、例えばケーキ屋に寄って焼き菓子を買ったら、大体こんな感じかな、という未来の想像がつく。けれど、一度しか行ったことのないカフェなら、新たな発見があるかもしれない。

自分の予想とは違う行動をしてみようかと、気がつけば足がカフェに向いていた。

外の看板にチキンのレモンクリーム煮と書いてあって、絶対にこれを頼もうと決めていた。めちゃくちゃおいしい。ご飯はとうもろこしを一緒に炊いているのか、少し甘い。

いつもはサラダをあまり食べないのだけれど(生野菜があまり好きではない)、今日はいつもと違うことをしよう、と思ったから半分くらい食べた。トマトが新鮮で美味しかった。というか、美味しい。サラダを美味しいと思う日が来るなんて思わなかった。変わるもんだなあ。相変わらず、あまり量は食べられないけど。(本当は、サラダをたくさん美味しく食べられるようになれたらいいのになとは思っている)。

しょうが湯。甘かった。めっちゃ温まる。

ラム酒漬けのパウンドケーキ。おしゃれな味。

ここのカフェの雰囲気がとても素敵で、働いている店員さんもみんな朗らかで優しい。お客さんもきっとその空気に影響されているのか、みんなのどかにカフェの空間を楽しんでいる。それがとても素敵だと思った。私以外には老夫婦と、そして女の子たち二人が談笑していた。一人の私がいることを否定されない、誰かと楽しむのも良いとされる空間がとても好きだ。

カフェで座っている中で、ふと、こんな寄り道をちょくちょくしていきたいと思った。あと、日々をこんなふうに過ごせたらいいのにと思った。

勤め人として月曜から金曜まで働いて、土日祝だけ休みで、という働き方ももちろんあるけれど、もしかしたらもっと自由に働けるのかもしれない、という気持ちがふと湧いてきた。「⚪︎⚪︎さん(私)、独立は向いていると思いますよ」と言われたことがある。そうか、持っている技能は独立には向いていないが、確かにそういう考えもあるのか、という気持ちになった。

生きていく上で、こうしたい、こうでありたい、という気持ちや考えってとっても大事なのかもしれない。

今まで収入とか安定とか、「こうであるべき」という考えや、親が文句を言わないものを、というような判断基準で物事を選んできたような気がする。

けれど、親はいつか死ぬし、収入は変動するし、安定なんてどこにもない。こうであるべき、なんてものは本当はどこにもなくて、自分は自分の考えるがままに生きていいのだと、今ならわかる。

スマホに、今私が望む「こうであったらいいな」と思うものを打ち込んだ。箇条書きにして残しておく。

・ふとしたときにカフェに入れる

・好きなときに神社に行ける

・ストレスのないスーパーで気兼ねなく買い物

・悪口や陰口を言う人と関わらない

・意地悪な人がいない 人間関係のストレスがない環境

・お金の心配がない 心の余裕がある

・好きなときに自然を求める旅行に行ける

・焦燥感に襲われない

・誰かに決めつけられることがない

・こちらを利用してくる人がいない

あまりリミッターをかけず、柔軟に考えていこうと思う。これからのこと、私のこと。

@uminosokokara
日常の備忘録。どこにも共有しないでください。静かな場所で静かに自分のためだけにこれを書いてます。