今、内観をしようと思っても何も思いつかない。
寝る時間だからだろうか、あまり思考が回らない。母に対して思い返そうと思っても、蓋がキツく閉まっていて、開かない。以前の記事を読み返しても、そうか…で終わってしまう。続く感情がない。
数日前、神社の境内を歩いていたときに降ってきた、母への思いをちゃんとメモしておけばよかった。あれは、なんらかのヒントになっただろうに。悔やんでも仕方がないけれど。
母のことを思いつかないから、仕事のことを考えよう。
以前目指していた業界を目指すことは、おそらく本職ではしないだろう。
12月に下北沢で会った占い師のおじさんがとある企業を教えてくれて、そこおすすめだよと言ってくれたけれど(そしてそこは、私が関わりたかった業界と深く関わるものだった)、経営陣の評判があまりにも悪かったので、これはあまり関わるべき会社ではないかな、と思いやめた。
そこから、映像を副業にしようと思って一つ、好きな映像を作ったのだけれども、これがまた稚拙でしょうがなくて、映像を副業にしたい、なんて言っている自分がちょっと情けなく恥ずかしく思えた。映像の勉強が今滞ってるのは、思った以上に自分の技術や能力が足りてないことに不甲斐なさを感じたからだろう。でもそりゃそうだよな。最初からめちゃくちゃいい流れに乗る、とかないもんな。
あと、映像を作ろうとすると、生活がそれだけになってしまう。2月はじめから中旬まで、私は映像を作るためだけに生活サイクルを回していて、こののめり込み方はちょっと良くないなと思った。のめり込める時間があるからやってしまうのだけれども、良くない。色んなことをしながら、その中に映像がある、という方がきっといいと思った。
これは、一つの作品を作ってみないとわからないことだったから、気づいてよかったと思う。もうちょっと落ち着いたら、改めてaftereffectsを触りたい。絵ももっと上手くなりたい。そしていつか、一緒に仕事をしたいと思っている人たちと仕事がしたい。見果てぬ夢だ。
そうそう、最近、転職マッチングみたいなサービスを使って、色んな企業とカジュアル面談をしている。使っていてわかったのだけれど、私は多分、最初から一次面接といったものよりも、まずは軽く互いについて知りましょうよ、みたいなカジュアルさがある方がいいんだろうなと思った。
目指す業界はもう本職では就かないと思っているから、ある意味選択肢は広がった。スタートアップやベンチャー企業はカジュアル面談に役員〜社長が出てくれるケースも多くて、経営陣の話や現場の声が聞けるのがありがたい。おそらく、小さな規模の会社であれば、経営陣との相性が悪ければ全てが終わるからだ。そこらへん、バイブスが合うかを事前にちゃんと見極めたい。
カジュアル面談をやっていて、いいな、と思ったのは、何も取り繕わず話しているということだ。
無理して笑顔にならない、愛想も余計に振る舞わない、言いたいことは簡潔に言う。
新卒で入社した企業は大企業だったから、他人のご機嫌伺いが必須で、いつしか取り繕うことを得意としてしまっていたけれど、本来人とのコミュニケーションってもっと素直でいいんだよな、と思った。そして、志望動機もまだあまりない状況なので、「まあ気が合わなかったらさよならでいいか」という気軽さで質問ができるのも大きい。
そして少し驚いたのは、取り繕わず話した方が能力値が高いと判断される。
多分、私が謙り、必要以上に笑顔で接し、言葉を必要以上に選んでいたら、彼らは私のことをあまり評価しなかっただろう。そうか、もっとシンプルで良いのか、と思った。私は、取り繕わない自分のことを怖がる人がいる、不快になる人がいると思って結構無理をしていたのかもしれない。或いは、大事にされたがる顧客を大事にしすぎてきた弊害か。
そうだよなあ。もっと気楽で良いんだよな、人とのコミュニケーションって。と思った。そろそろこの奴隷根性から解放されよう。今度こそ。
日付が変わっているから今日か、今日は鍼と、ジムに行く。完全に肥満体になってしまったので、私はちゃんと私に戻るために課金する。
内観、ちゃんとしなきゃと言い聞かせてしまっているからうまくいかないのかなあ。どうしよう。おばあちゃんとお父さんに話しかけてみる?どうしたら良いかな。