母が食器にこだわっていたのだと気がついたのは、一人暮らしをはじめた頃だった。何にも持っていない私の家の食器棚は母が置いてあったポーランド食器とイタリアのブランドであるカレカで埋められ、そういえば昔からうちにはおしゃれな食器がいろいろと揃えられていたなと思い出した。
実家にはやたらに食器棚があって、そのすべてが食器で埋められていた。普段使いの皿は最低でも6枚組で、来客があっても食卓には同じ食器が揃った。特別な来客のための「ウィーンの薔薇」は当然のようにティーポットとカップとソーサーがセットになっていて、それは普段使いのカレカも同じだった。グラスも同じようなのがそれぞれ2つずつはあったと記憶している。結婚式のたびもらって増えたらしいバカラには特別のこだわりはなかったらしく、私もずっとその辺で買ったグラスと同じようなものだと思っていて、落として割った時にはじめて値段を知った。セット組になっている食器の方がずっと、割った時に母を落胆させた記憶がある。
自分で食器を買ったのは、ウィーンに留学中のことだった。その時は、1年しか住まないし洗い物が面倒だからと、平皿を1枚だけ買って、後はタッパーで済ませようとしていた。そのうち深い器があった方が便利だと気づいて(パン生活に飽き飽きして炊いた米は平皿に向かなかった)、緑のボウルをひとつ買った。横着をして、スープをよそった緑のボウルにパンを乗せて、プレートのように使うこともしばしばだった。
食器はすべて、ウィーンを出る時に寮の机に置いてきた。入る人と出る人で必要なものをやりとりできる机が、事務所の横に置かれていた。私も最初はそこで鍋をもらったし、誰かの役に立てばいいと思って置いたきたけれど、あのふたつのうつわは今も誰かに使われているだろうか。仮の宿には、あのばらばらさがよく似合っていた気がする。
今の家の食器は、それなりに長いことここにいるのにてんでばらばらだ。カレカのティーセットと皿、ポーランド食器の平皿に、うちの人が昔から使っている真っ白な食器が一揃え。漆の椀は、レンジにかけられてひとつがだめになった。箸にいたっては何人かからもらったもので、ふたり暮らしなのに5種類くらいが色とりどりに箱に入れられている。そのうち引っ越す予定があるので、その時にでももう少し、誰かが来ても困らない食器を揃えておきたいなと思う。
今でも母は食器を6枚組で買う。人がよく来る家だからだ。私の家も、そうなったらいいなと思う。それならやっぱり、食器は6枚組で買った方がいいのかもしれない。