日が高いうちに入る風呂は、いつもより体も心も清めてくれるように思う。夜の風呂が一日の疲れを癒してくれるのだとすると、朝の風呂は目を覚まして一日をはじめる活力をくれる感じがある。他に入る人もいないので、のんびり浸かって、髪も洗った。
四十九日はかなり近い身内だけ、十数人もいない小規模なものだった。納棺は必ず大悲心陀羅尼だけれど、今回は少しなぞることができてよかった。いくらかのハプニングはありながらつつがなく終わり、例によって皆お酒をたくさん飲んでいた。
うちの人は先に帰ったので、残った人たちの話をぼんやり聞いていた。スポーツの話、お酒の話、ゲームの話。ふわふわした会話を聞き流しながら、妹と久しぶりに桃鉄をする。ゲームは下手だ。というか、普通に運が悪い。なんなんだ。かといって自分が勝っていればそれはそれで空気は悪くなるので、難しいところだ。