仏壇に線香を上げた。父はお花とお経をあげてくれていたらしい。そういう連絡を母にしたらいいのにと少し思ったけれど、しないからこそ意味があるような気もして、とりあえず自分も墓参りをするに留めておいた。方言の講義のために録音した祖母と母との会話を、まだ薄ぼんやり覚えている。語尾を伸ばして震えるように話すのは、加齢のせいだけではなく、多分、祖母の癖もあった。
父と母は、相性はあまりよくなかったようだけれどどちらもそれぞれにいい人で、だからこそ幼い私は困っていたことを思い出す。子どもだった私が一概に悪いとは思わないが、価値観の違いを炙り出してしまったのはたしかに私の中学受験なので、なんとなく負い目を感じながら今も甘やかされ続けている。両親にもそうだけれど、妹たちには悪いことをした。だから、彼女たちに甘えられると余計にうれしいのかもしれない。今週末は上の妹が帰ってくるらしいので、元気だったらまたベーグルを焼きたい。
死を感じる機会が多い家だったので、自分もいつか死ぬと思いながらずっと生きてきた。まだそんな歳ではないとわかりつつ、遺書を書いておこうかと時折思う。後は日記を残すこと。死んだ人が生きている人のためにできることはそのくらいしかない気がする。もう二度と話すことができなくなった相手の断片が少しでも残っていたら、私なら、うれしいような気がする。