アーティストのアンソニーは創作活動のインスピレーションを得るため、公営住宅地区で狂って死んだ大学院生の女性について調べ始める。昔からその地に住む男性が語るには彼女は「キャンディマン」を探し、見つけたのだと。彼は子供に危害を加えた犯人だと決めつけられ警官に処刑された無実の黒人男性だが、今も鏡の前で「キャンディマン」と5回唱えると彼が鏡の中から殺しに現れるという。
ゲーム「Dead by Daylight」とのコラボが噂されたことがあって気になってはいた。好きなタイプのホラー映画だった。やはりこの手の殺人鬼は対抗手段がないほうがいい。下手に物理攻撃が効いたりするとチープなギャグになるし、殺人鬼応援上映会になってしまうから。キャンディマンは超常現象・超自然的な抗えない存在で、鏡に映る主人公の姿がキャンディマンになって、彼が殺害の対象ではなくキャンディマンそのものになるとわかりやすく予見させて、心理的に追い詰める、スラッシャーのグロいホラーだけではないのも好印象。(ハチに刺されて手がそんなことになってるならさっさと病院に行け。お前は治療費をためらうような身分の側ではないだろ)
核にある「虐げられた無実の黒人たち」が説教臭くないというか、作品の外から持ち込まれたものではなく中のもの、物語世界に"ただある"ものとして描かれていてノイズになっていないと感じた。まあ一番の要因は、主人公であり黒人当事者のアンソニー自身が作品の題材として扱っていて深刻になっていないからだろうけど。(エンディングの「キャンディマン」を除く影絵は実在の出来事らしい)
プライムビデオで表示されるリストを見ていたときには「全く新しい映画かつ2作目もあるらしい」認識だったが、これは3作あった「キャンディマン」シリーズの同名の1作目(1992)の精神的続編になる4作目らしい。作中で語られる大学院生がその主人公で、今作の主人公は当時赤ん坊で事件に関わった人物。観てみたいね。終盤のアンソニーが母親から真相を知らされる場面で、「生贄として赤ん坊を篝火で殺そうとした。その赤ちゃんがあなた」みたいなことを言われて、生贄を捧げるって何が目的で……その主体は公営団地のコミュニティーなのかキャンディマンなのか……そもそも名前を5回呼ぶと現れるのは何か由来があるの……みたいな気持ちになったから。