『星の王子さま』の感想を語り合う会に参加した。人によって感想がいろいろあることがわかりおもしろかった。
その中で「物語が書かれた当時の時代背景を考えると、読み方が変わってくる」という話があった。
なるほど~と思い、時代背景について調べていくうちに、『星の王子さま』の前作にあたる『戦う操縦士』に出会った。
『戦う操縦士』は、筆者の戦争での実体験を描いた小説。読んでいくうちに、『星の王子さま』とのつながりに気づき、その印象が大きく変わった。
『戦う操縦士』には、対空砲火を浴びるシーンが出てくる。筆者はそのとき、「あ、死ぬかも」と思った瞬間に、体への執着がすっと消えて、心の奥にある「本当に大切なもの」に気づいたという。
Le feu non seulement a fait tomber la chair, mais du même coup le culte de la chair. L’homme ne s’intéresse plus à soi. Seul s’impose à lui ce dont il est. Il ne se retranche pas, s’il meurt : il se confond. Il ne se perd pas : il se trouve.
火は肉体の価値を奪っただけでなく、肉体への崇拝も同時に終わらせた。人はもはや自分自身に執着しない。ただ、自分が何者であるかという本質だけが残る。
たとえ死ぬとしても、己から切り離されることはない。むしろ、すべてと溶け合う。自分を失うのではなく、自分を見出すのである。
—『戦う操縦士』サン=テグジュペリ 著
同時に、15歳のときに弟と交わした言葉を思い出す。
Il me dit d’une voix ordinaire :
— Je voulais te parler avant de mourir. Je vais mourir.
Une crise nerveuse le crispe et le fait taire. Durant la crise, il fait « non » de la main. Et je ne comprends pas le geste. J’imagine que l’enfant refuse la mort. Mais, l’accalmie venue, il m’explique :
— Ne t’effraie pas… je ne souffre pas. Je n’ai pas mal. Je ne peux pas m’en empêcher. C’est mon corps.
Son corps, territoire étranger, déjà autre.
Mais il désire être sérieux, ce jeune frère qui succombera dans vingt minutes. Il éprouve le besoin pressant de se déléguer dans son héritage. Il me dit : « Je voudrais faire mon testa-ment… » Il rougit, il est fier, bien sûr, d’agir en homme. S’il était constructeur de tours, il me confierait sa tour à bâtir. S’il était père, il me confierait ses fils à instruire. S’il était pilote d’avion de guerre, il me confierait les papiers de bord. Mais il n’est qu’un enfant. Il ne confie qu’un moteur à vapeur, une bicyclette et une carabine.
On ne meurt pas. On s’imaginait craindre la mort : on craint l’inattendu, l’explosion, on se craint soi-même. La mort ? Non. Il n’est plus de mort quand on la rencontre. Mon frère m’a dit : « N’oublie pas d’écrire tout ça… » Quand le corps se défait, l’essentiel se montre. L’homme n’est qu’un nœud de relations. Les relations comptent seules pour l’homme.
Le corps, vieux cheval, on l’abandonne. Qui songe à soi-même dans la mort ? Celui-là, je ne l’ai jamais rencontré…
弟は、いつも通りの声でこう言った。
「兄さんと話しておきたかったんだ。ぼく、もうすぐ死ぬ。」
そのとき、弟の体はピクッとけいれんして、言葉を失ってしまった。けれど、弟は手を振って「違うよ」と伝えた。ぼくは、弟が死を怖がっているのかと思った。でも、けいれんがおさまったあと、弟は言った。
「怖がらないで……痛くないし、苦しくもないんだ。ただ、体が勝手に動いちゃうだけなんだ。」
弟の体は、もう弟のものじゃなくなって、別の何かみたいになっていた。 それでも弟は、しっかりしようとして、ぼくに言った。
「ぼく、遺言をしたいんだ…」
そのとき、弟は顔を赤くして、ちょっと恥ずかしそうだった。それでも、大人らしくできたことに、満足しているようだった。
もし弟が大きな塔を建てる人だったら、その塔をぼくに任せたかもしれない。お父さんだったら、子どもたちをぼくに託したかもしれない。飛行機のパイロットだったら、飛行記録を渡したかもしれない。でも、弟はまだ子どもで、ぼくに託せるのは小さな蒸気機関車や自転車、おもちゃのライフルだけだった。
人は、本当は死を怖がってなんかいないんだ。怖いのは、思いがけないことや、自分自身なんだ。死に向き合ったとき、死なんてものはもう存在しない。 弟はぼくに言った。
「このことを忘れずに書いておいてね…」
体が壊れ始めるとき、本当に大切なことが見えてくる。人って、いろんなつながりの結び目みたいなものなんだ。つながりこそが、人にとって一番大切なものなんだ。
体なんて、年老いた馬みたいに、いずれは置き去りにされる。 死ぬとき、自分のことばかり考える人なんて、ぼくは一度も見たことがない…。
—『戦う操縦士』サン=テグジュペリ 著
『戦う操縦士』も『星の王子さま』も、「死そのもの」ではなく、「死を前にしたときに、人が何を残そうとするのか」を描いている。
別れは「失うこと」や「喪失」として、悲しみをともなうものだけれど、その別れが単なる「消滅」ではなく、むしろ「これまで築いたつながり」によって意味を持つことがある。
思い出や言葉、心に残る笑顔、託されたもの(手紙やおもちゃ、約束)などの「つながり」は、相手の存在を「いなくなった」のではなく「心の中に残っている」と感じさせる。
「人はみんな、その人なりの星を持ってる。旅をする人たちなら、星は案内役だ。そうでない人たちなら、ただのちっちゃな光。学者たちにとっては研究するものだし、ぼくが会った実業家にとっては、金でできているものだった。でもどの星も、口をつぐんでる。だからきみには、誰も持ってないような星をあげるよ…」
「どういうこと?」
「きみが星空を見あげると、そのどれかひとつにぼくが住んでるから、そのどれかひとつでぼくが笑ってるから、きみには星という星が、ぜんぶ笑ってるみたいになるっていうこと。きみには、笑う星々をあげるんだ!」
王子さまは、楽しそうに笑った。
「そのうち悲しい気持ちがやわらいだら(悲しい気持ちは必ずやわらぐよ)、ぼくと知り合ってよかったって思うよ。きみはずっとぼくの友だちだもの。
これからもぼくと一緒に笑いたくなるよ。だからときどき窓を開けて、そんなふうに気晴らししてね……きみが夜空をながめて笑ってるのを見たら、みんな驚くだろうね。そしたらこう言ってやるんだ。『そうなんだよ、星空には、いつも笑わされちゃってさ!』って。みんな、きみの頭がおかしくなったって思うかな。ぼくがきみに、いたずらしてるみたいになるね…」
そして王子さまは、また笑った。
—『星の王子さま(河野万里子訳)』サン=テグジュペリ 著
『星の王子さま』は、純粋な人が書いたキラキラした物語だと思っていた。
でも、背景や作者のことを知ってから、ただの童話じゃないと思うようになった。
あとで後悔しないように、今そばにいる人たちや、ペットや、これから出会う人のことを、できるだけ大切にしたい。その気持ちを忘れないように、この本をときどき読み返したい。