『愛じゃないならこれは何』

漆野凪
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 斜線堂有紀の『愛じゃないならこれは何』を読んだ。恋愛にまつわる短編集で「ミニカーだって一生推してろ」「きみの長靴でいいです」「愛について語るときに我々の騙ること」「健康で文化的な最低限度の生活」「ささやかだけど、役に立つけど」が収録されている。その恋愛のいずれも、完全なるハッピーエンドではない。愛によって世界が救われることはなく、愛によって苦しむ人の話だった。読んでいて、この作者は恋に狂い、献身的なまでの愛のために相手に都合のいい仮面を作って勝手に苦しくなる女が好きなのかな……という気持ちになった。趣味ではないのに、どの短編も面白かったのが作者の力量だと思う。友人が以前斜線堂有紀について「面白いけれどミステリアスな女が実は普通の人間でした、という話になるので趣味じゃない」と話していたことを思い出す。的を射ている。

 収録されている短編の中では、アイドルが自分を見つけてくれたファンにガチ恋し自宅を特定して侵入したところから始まる「ミニカーだって一生推してろ」が面白かった。キャラクターとしては「愛について語るときに我々の騙ること」「ささやかだけど、役に立つけど」に登場する鹿衣鳴花が好きだ。唯一恋愛に狂うことがなく、かつ自分の欲望を貫き通している。食べ物に難易度を設定していて、気の許した相手としか難易度の高い食べ物を食べない。おしぼりで手を拭くときに指の一本一本を丹念に拭く儀式のような行為をして、そのたびにエベレストに登ったような満足そうな顔を浮かべる。そのときの描写や会話が愛おしくて好きだ。ものすごく魅力的な女の子だと思う。

「手ぇ拭いてエベレスト登ったような顔するよな、お前」

「達成感としては間違ってないからね。多分登ってる、山」

「お手軽だな」

「お手軽な方がいいよ。生きてて達成感を味わえるのなんてそうそうないからさ。ちょっとくらい登らせてもらった方が」

(斜線堂有紀『愛じゃないならこれは何』)

@urushino_nagi
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