オカルト研究部というものがなんであったのか、私は知らない。神の子のわりに平凡な頭脳と才能と能力しか持たずに生まれた私は、学園が閉鎖されてはじめて、あの場所にかかっていた影がどんな形だったのかおぼろげにわかったくらいだ。
内情は知らない。外装は知っている。オカルト研究部の部員は目立つ青年ばかりで、全員が全員恐ろしいほど神に近いような容姿だった。砂糖でコーティングされていて、まわりが不用意にふれてはいけないと思わされるような、目に優しくない男たちだった。私は話しかける用事も、勇気もなかったがひとりだけ名前を知っている。
シュガースプレイ。1888年のロンドンから抜け出してきた絵画。宗教画。楽園が人の形をしている。色付くようなあこがれだったし、朝顔がぱっと顔を上げて咲く程度の憧憬だった。
だから、あのすがたはあまりにも毒々しくて、低俗な宗教画を見ているような気分になった。今もその居心地の悪さ、違和感は続いている。
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巨星が堕ちた。
神の子を保護していたはずの学園は、当の神の子たちを殺していた。それを暴き、墓の下から掘り起こした旧類たちの骨を世間のひかりに晒したのは「オカルト研究部」なる学園内の部活だ、というところまではあらゆるメディアで連日報道されている。真実とセット売りされているセンセーショナルでカラフルな情報は、世間一般のあどけない好奇心を踊らせている。どの媒体でも元・オカルト研究部員のだれかを見かけない日はない。会見や調査委員会の立ち上げ。戦いは終わっていない。
シュガースプレイはあの学園を脱出したその日に終わった。そして肉ヶ谷悍ましの戦いも。だれも咎めなかった。だれも笑わなかった。あとはただ、見ている。かつての仲間たちを。
悍ましが戦線離脱を告げたとき、だれも引き止めなかった。悲壮感だけがコーティングされた空間で、ひとりだけ悲しくなかった。去る悍ましがそうしなければならなかったのは、そうする他にはなにも道がなかったからだ。からだは道さえも満足に歩けなくなった。肉ヶ谷悍ましは手足を失った。脱出するときについた小さな傷。医師はなんらかの能力の影響の可能性がある、と言ったがそれが何の能力によるものなのかは分からず終い。痛みの不感知のせいかそれが化膿し、重大さは膨れ上がり、十代の青春時代は切断手術の奇妙な騒音でおしまい。親友は自分がこうなればよかったと言って泣いた。頼れる部長も副部長も、残念そうに肩を落とした。それからはもう、一度も会っていない。
さいわいなことに、裕福な実家のおかげで生活には困っていない。祖母のあとを継いだ男は、彼にとっては何の役にも立たなくなった悍ましに優しく、何度も断ったが結局は広さはそれなりだが小綺麗な一軒家をプレゼントされた。庭には椿の大木がそびえている。
死にたいと思う機能は悍ましには備わっていないから、手足を失ってもなにも思わなかった。あの子の墓の前では死ねそうにないな、とだけ思う。罪滅ぼしのために墓前で死のうと決意していたが、あの子はきっとこの手もない足もないすがたで満足してくれるだろうという自信がある。
ただ、もしもの世界を一日に数回は考える。失ったのが片腕だけだったら。テレビの、調査委員会を立ち上げるという会見の中継の中に自分のすがたを見る。世間に向けて発表された文書の署名の一番最後に、自分の名前を見る。すっかり短くなった手足を動かす度、笑う。
介護人として雇った女性はあの学園に在籍していたらしく、学園が閉鎖されて路頭に迷っていたところを悍ましが拾った。実際、椅子から滑り落ちがちな悍ましを引き上げるのは彼女だが。淡々と仕事をこなす様子は好感が持てて、手足をマッサージされると通ったところでどうにもならないが血行が良くなる気がしている。
「窓際まで運んでもらってもいいか?ああ、ありがとう」
キャスター付きの椅子で窓際まで運ばれると、からだがつるつるとした素材の椅子のせいで少し滑った。大丈夫ですか、と問う声に返事をしながら庭先の枝椿に留まった名前も知らない鳥を見ていた。鳥の名前は知らない。これからもきっと知らないだろう。余生というにはあまりに長い人生のことを考えて、悍ましはため息というには何の感情もこもっていない息を吐いた。