パーティーを追い出されるのは器用貧乏だからか?

uske_s
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公開:2026/1/30

ある事業部でウェブマーケ・ECサイト運営担当が抜ける(退職)することになった。彼は僕と同じ転職組で僕より1年先輩であった。

前職でアパレルブランドのECを一人で軌道に載せたという経験を買われて採用された、というようなことを聞いていたので、技術や知識は一通りしっかりもっている方なのかなと思っていた。

一緒に働いてみると、自分の能力や経験について強いプライドを持っている反面、他者と自身の知識や経験を共有しながら組織を動かしていくという周囲を巻き込む力と、会社・組織(事業部)が掲げるパーパスを自分なりに噛み砕いて理解する・寄り添うという能力が弱いと感じた。

下図で示されるようないわゆるダニング・クルーガー効果とはまた違った話で、彼がいかに能力を持っていたにせよ、それを組織の中で発揮できなかったという不幸は、結果的には採用時のお互いのミスマッチであったように思う。

ダニング・クルーガー効果

この概念図では縦軸が自己評価で横軸が能力としているが、その評価判断は誰か? 自己評価の評価者は当然自分であるので、その物差しも自分の価値基準になる。能力の評価者はおよそ他者である(でないとこの図は成立しない)ので、その物差しは客観的な、評価される分野での絶対的な/相対的な能力である。

自己評価の物差しと、能力を評価する物差しがまったく異なるものだとちぐはぐになって話にならない。それが要するにミスマッチである。


器用貧乏とは本来、何でも卒なくこなせるが、それ故に何かひとつを極めることができず、最終的に大成しないことを指す(と思っている)。とあるアニメでは勇者パーティーを追放されるわけだが、4話まで見た限りではただの「俺TUEEE」だった。俺の能力の本質を見極められなかった無能なメンバーたちと、戦闘も補助魔法もハイレベルにこなせる主人公という対比なのだが、結局のところただのコミュニケーション不全が原因では? としか思えなかった。

仕事は業務範囲が広くなればなるほど求められる知識も増えていくので、結局、器用さは広範に渡って必要になってくる。だがそれを「貧乏」にさせない、つまり腐らせないためには、ひとつひとつのスキルを磨き続けるしかないし、必要としてくれる周囲へ還元していくしかない。

しかし、たとえどんな内容であれ、あのアニメは最後まで見よう。オープニング主題歌『シルベ』をぜひ聞いてくれ。

@uske_s
Adobe Community Expert/印刷とかデザインとかプログラミングとかマーケとか/趣味は料理、コーヒー、絵画鑑賞、子供、たまに登山/記事や発言は所属組織を代表するものではありません ブログ「DTPab」uske-s.hatenablog.com 「アドビアプリ自動化もくもく会」主催aaam.connpass.com