ニャンは、邪竜の咆哮が耳鳴りみたいに聴こえたりしなかったのかな、と思いついて、メモ。
妄想🎬
部屋に一人。ストーブの薪がぱちぱちと爆ぜる音と、やかんの湯が沸いてからからと湯気が立つ音だけがする部屋。
ベッドに入ろうとしたエスティニアンは、ぐらりと大きな眩暈がして、膝をついた。ストーブのすぐ近くの床に手をつき、息をぜえぜえと吐き出す。腕がストーブの熱で焼け焦げそうだ。だが、身体が動かない。喉を汗がじっとりと伝う。
頭の奥から、あの雷鳴と叫声と地鳴りの入り混じったような咆哮が聴こえる。頭の中いっぱいに反響して、耳元で轟々と声がする。邪竜からの接触などないのに、咆哮が鳴りやまない。咆哮に混じって、人の叫び声もする。一人ではない。何人もの叫び声。逃げ惑うような鋭い声。エスティニアンの息がますます上がる。なんだ、これは。なんなんだ、この声は。俺は、何を聴いている。焦りが募れば募るほど、頭の中の無数の声が大きくなってゆく。
エスティニアンは震える脚をなんとか立たせ、ベッド横のテーブルを掴んだ。腕まで震えだし、同時にテーブルががたがたと揺れた。テーブルの上には、小さくて白いリンクパール。エスティニアンはリンクパールを鷲掴みにして、耳に押し当てた。
まだ誰かの声がする。頭の中で、叫び声がはっきりと聴こえた。邪竜がなおも咆哮する。これは邪竜の悪戯ではない。エスティニアンが、エスティニアン自身に聴かせている悪夢だった。
『——エスティニアン?』
「はぁ、はぁ、」息が切れ、声が出ない。手汗でリンクパールが滑り落ちそうだ。
『エスティニアン。先程ぶりだな。どうかしたのか』
『どうした、今どこにいる』
「部屋、に」
『今行く。何か持ってゆこう』
「なにか、はな、話を、こえ、を、」
『話で良いのか……? 声を聴かせろと? 了解だ』
アイメリクは、事情を聞かなかった。込み入った事情ほど、エスティニアンは話したがらない。それは自分を巻き込まないためだと、アイメリクはよく知っていた。
『こういうときは、気分が変わるような楽しい話題が良いだろう? では、外出予定を立てよう。次の非番に、またお前を誘おうと思う。下層のいつもの店の少し先に、別の小さな酒場があるだろう。そろそろ、そこへも行ってみたいんだ。酒もうまいが、つまみも旨いと聞いてな。ぜひお前とまた飲みに行きたいと思うのだが、空いているよな? 決まりだな』
「かっ、てに、」『はは。言い返す元気はあるらしいな、結構結構。奢ってやるから、共に行こうじゃないか。楽しい話題の二つ目は……。うちの猫が、8歳になった。先日久しぶりに帰宅したんだが、書類を作成していたら、その書類の上に乗られてしまってね。仕方がないから、書類仕事は諦めて、彼女と一緒にめいっぱい遊んだよ』「そう、か」
『お前は、猫より羊や犬派と言っていたか?』「ああ、飼って、いたからな」『犬もさぞ可愛かろう。羊は、私はあまり触れ合った経験がないな……牧場を通るときに、よく観察してみよう。エスティニアン、どうだ、多少は落ち着いたか?』
いつのまにか、音は止んでいた。ストーブがからから、ぱちぱちと言うのみで、静けさが揺蕩っていた。
「止んでいる……」『それは良かった。眠れそうか?』「ああ。すまなかった」
『エスティニアン、お前は大丈夫だ』「ありがとうよ」
胸に安堵が広がった。だが、通信を切ったとたん、また耳鳴りがするのではないかと、微かな不安が過った。
「おやすみ」『おやすみ』
通信が切れた。眩暈はない。耳鳴りも、もうなさそうだった。
ベッドに潜ったとたん、また耳鳴りがするのではないか。そんな不安も過った。だがそれも、心配なさそうだった。アイメリクの、『大丈夫』という声を思い出す。
恐る恐る瞼を閉じて、深呼吸をしながら、エスティニアンは眠りにつくまで何度もアイメリクの声を噛み締めた。
おわり