産業という書き方をしたのは便宜上です。ようは、フェミニズムに関する商品や作品を作る時に(シス)男性は登用するべきではないのか? という話です。
というのも、自分も前回の記事で触れた『虎に翼』の主題歌を担当した米津玄師のインタビュー記事について、「自分が選ばれたことを疑問に思うのなら、米津は女性に仕事を譲るべきだった」「男性というだけでフェミニズムに明るいだけで褒めそやされるのはどうなのか」という苦言を見かけました。
確かに理想は「被差別者たる女性やジェンダーマイノリティが抜擢されて報酬を得られること」だと思いますし、そこを目指すべきだと思います。差別構造の中で女性やジェンダーマイノリティは活躍の場をシス男性に奪われ、表舞台から排除されている事実があるためです。
ただ一方で、広く名の知れたクリエイターがメディアを通してフェミニズムに親和的な発言をすることの社会的効果を無視することもできないと自分は思います。
差別構造はマイノリティを表舞台から排除して貧困に陥れるだけでなく、マイノリティの言葉を軽んじて無視をするという問題点もあります。マイノリティが救われるための権利運動なのに、運動を広めるためのマイノリティの声は軽視されるために進みが遅くなるわけです。
そもそも差別構造は差別をしている側の問題なので、声のよく通るマジョリティのシス男性こそが己の中の偏見や差別意識と向き合い、己の特権性を有効活用するべきだという視点もあります。そういう意味では、今回の米津玄師の抜擢&インタビューは「己の特権性の有効活用」だという見方ができるのではないでしょうか。
まぁ、インタビューでフェミニズムへの親和性が明かされたことは結果論ですから、制作側が何をどれくらい意図して米津玄師を抜擢したのかは部外者には分かりませんが…… ただ、抜擢する側もただ有名なだけの人を機械的に選ぶことはしないと(ドラマのメッセージ性の強さ的にも)思うので、米津玄師に何らかの可能性を感じてのことだとは思います。
また、(シス)男性がフェミニズムに少し触れるだけで褒められる現象についてですが、Twitterを使っていた時代にそういう方は度々見かけました。言っていることは周りの女性たちの復唱に過ぎず、抜きん出た才能があるわけでもないのにやたら褒めそやされ、挙句の果てにウェブインタビューまでされていた方を見てウンザリしたこともあります。そういう人たちを見てきたからこそ警戒してしまう気持ちは分かりますし、そういった構造自体は深刻な問題であると自分も思います。
今回の米津玄師の件に限って言えば、(あくまで自分の観測範囲での話にはなりますが)米津玄師という存在が褒められたというよりは、彼のようなメインストリームで活躍する著名な人物が、日本ではまだまだ特殊な人たちがやる特殊なこととされがちなフェミニズムについてメディアで堂々と発言してくれたこと、そしてその意義について喜んでいるといった様子でした。自分もそうです。男性だからというよりは、影響力のある人が表立って発言してくれたから、だったと思います。
もちろん、この家父長制ゴリゴリ国家の中でシス男性が周囲の女性の声に真摯に耳を傾けたり差別構造に気づくことについて、「すごい」と感じるマイノリティもいると思います。それはおだてるとか持ち上げるという意味での、「さしすせそ」的な「すごい」ではなく、この構造の中で不利益を被らないマジョリティ側なのに気づくことができた敏感さ、そしてそこから目をそらさずに考え抜くことができた誠実さに対しての尊敬の念なのではないでしょうか。
人権教育が疎かで、支配的な学校体制で、権威主義が蔓延るこの社会の中で、己の持つ特権に気づいて素直に反省することは、残念ながら誰もが簡単にできることではありません。その高すぎるハードルを飛び越えて連帯の意思を示してくれた人物に高揚するマイノリティを責めるのは酷だと思います。
ちなみに自分があのインタビューを読んだあとに米津のYouTubeチャンネルを登録したという「チョロい」行動についてですが…… あれは、たとえ今後フェミニズムに反感を持っている層から攻撃にあったとしても、「いいこともあった」「連帯者もいる」という経験を彼に味わってほしいからというのと、日ごろ倫理的な引っかかりの少ないエンタメコンテンツを喉から手が出るほどに欲しているからというのが行動原理です。
繰り返しますが、差別構造の中で女性やジェンダーマイノリティは活躍の場をシス男性に奪われ表舞台から排除されているというのは事実なので、マイノリティを積極的に登用することは重要なアクションです。ですが、いついかなる時も必ずマイノリティのみを抜擢すべきでシス男性を選ぶべきではないのかと言うと、それはケースバイケースだと思います。今回のように広く名の知れたクリエイターが、フェミニズムの上澄みではなく本質を理解した上でコミットするのなら、それは特権性の有効活用だと言えるでしょう。